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エスが続く
【OL/お姉さん 官能小説】

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3. Softly, as in a Morning Sunrise-11

「ん? なに?」
 手を止めて肘掛けに両腕を置いたまま、彩奈のほうへキャスターを滑らせて画面を覗きこんだ。
「ここの入力ですが、サタケ照具さんはオンラインカタログ持ってらっしゃらないので、この番号を入力しようと思うのですが」
 彩奈はネイルを桜色に艶っぽく彩った指先でキングファイルの紙カタログの番号を指した。
「うん、そうだね。……、で、それはね――」
「はい。このボタンで開く『取引商品履歴画面』で今回の型番を調べたんですが、今まで取引された履歴が無いようですので、新たに登録しようと思うのですが合ってますでしょうか?」
 その通りだ。オンラインカタログ照会システムを持っていない仕入先については冊子のカタログの番号を入力するしかないが、その後別の案件や追加発注で同型番を仕入れるかもしれないからデータとして入力しておく。
「そうね、合ってる。よく知ってるね」
「はい。先ほど平松さんに手伝っていただいた時に教えてくださいました。では、サタケ照具さんにストック数を確認してから新規入力します。入力したらチーフに確認していただいたほうが良いでしょうか?」
「いいわ。フローに回ってきた時に見る」
 平松の時はあれだけ「これでいいですか?」と持って来いと思っていたのに、教えてやろうとしたことまでも先回りされて持って来られると苛ついた。わかりません、という訊き方ではなく、これでいいですか、という訊き方をせよ。平松に口を酸っぱくして言ってきたことだ。不在の間に彩奈は悦子が望む訊き方を平松から聞いたのかもしれない。サタケ照具に電話をかけている声もとても新人とは思えない流暢なものだった。その声を聞きながら、サマリ資料の作成はなかなか進まなかった。事業背景や課題はわかっているつもりだ。今回の幹線道路沿いに複数の新店をオープンする経営的な狙いも、今日先方の上職から聞き出している。後は実現性や利益見込みを含め、要点を抑えて数ページにまとめ上げるだけだ。昨年から足繁く通って聞き出してきた案件だけに是が非でも勝ち取りたい。先方の担当も自分に信頼を置いてくれていると思うから、競合が現れても悦子を味方してくれるだろう。あとは上職へ遡っていって、コミッタまで辿り着けるかが勝負だ。別添資料としてアクションプランやリスク一覧を書いているうち、本紙の内容がちょっと違うのではないかと思い直されてくる。売上の試算も多すぎるように思って、リスクを見込んで減らすと、今度は少なすぎるような気がしてくる。となるとアクションプランやリスクも変わってくる。
 悦子には珍しく迷いの堂々巡りを何周かした後にドラフトを部長に見てもらった時には終業まで僅かだった。概ねOKを貰えたが、別添で社内事例やベンチマーキングがあればなあという指摘だった。ベンチマーキングは今からでは無理だが、社内事例は過去案件のデータベースを調べればいい。もっともな指摘だったし、なぜ気づかなかったのだろうと悔やまれた。明日は午後から本部長は外出とのことだから、部長は午前中じゅうには見せたいだろう。残業するしかない。
 平松を残らせて手伝わせようか。付き合って以来、二人で残業したことはない。仕事に二人の関係を持ち込むことは御法度の約束だ。だが誰もいなくなったオフィスで二人きり、平松に迫られたら断れるかだろうか。しかしオフィスではNGでも悦子の部屋に戻っての『ご褒美』があったほうがお互いに資料作成も捗ったりして。
 部長のレビューを終えて自席に戻り、平松に声をかけようとしたら、
「権藤チーフ、今日、飲みに行きません?」
 と逆に声をかけられた。みんなの前でデートの誘いなんて大胆な、どこまで調子づいてんだこの野郎、と嬉しくもたじろいだが、「木枝さんの新歓は来週ですけど、グループ内だけの親睦ってことで」
 と聞いて気持ちが凍ごった。隣の彩奈を見るとニコニコしている。彩奈から飲みに行きたいと言うとは思えないので平松の発案だろう。何故に彩奈のためにそんな企画ブチ上げるのだろう。
「あー……、ちょっと私は、ムリかな。今から資料直さなきゃいけないし」
「え、じゃ手伝いましょうか?」
 そのつもりだった――。
「いや、いいよ、行っておいで。せっかくなんだから」
 いや僕だけでも残って手伝いますよ。そう言ってくれるかもしれないという期待が、上司然と若手たちの業後の懇親を優先させる態度にさせたのかもしれなかった。
「じゃ……、権藤チーフ、終わったら合流してください」
 あれ?
「あ、でも……」
 むしろ彩奈のほうが悦子に気を遣っている。そんな「え〜、悪いですよぉ」と芝居がかった上目遣いで見られては、
「あ、いいって。気にしないで」
 と言うしかない。周囲の男性社員がチラチラと悦子たちの会話を伺いながら、誘ってほしそうにしている。中には妻子持ち、彼女持ちの男も居るから呆れる。終業時刻を迎えると、彩奈一行が飲みに旅立つ。恐ろしいことにフロアの男性社員の大半が居なくなった気がして唖然とした。さすがにそんな大所帯では行かないだろうが、平松たちを追けて偶然を装って合流する魂胆かもしれない。


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