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指嗾
【元彼 官能小説】

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指嗾-8

「了解」
 と言ってジョゼは鋏を入れはじめた。高速に動く刃が噛み合う音が耳元に震える。ジョゼの目は櫛にたくし上げられて刃に切られる度にハラハラと落ちていく髪を捉えていた。真剣な顔も整っている。時々全体のフォルムを確認するために鏡を見た際に目が合ってドキリとした。
「……そんな心配しなくても、変なふうにはしないよ」
「なんかだんだんオカッパになってってる」
 肩に触れるかくらいまで切られた毛先を目を細めて眺めながら、無愛想に言った輝子だったがそれほど不機嫌なわけではなかった。もともと髪を梳かれる感触が気持よく、頭を触られるのは好きだ。その上ジョゼの手遣いは今まで髪を預けてきた美容師の中でも最も柔らかな扱いだったから余計に麗しい心地よさに包まれていた。
「大丈夫。まだ途中さ」
 ジョゼはレザーカット用の新しいブレイドを取り替えたハンドルを手に、ヘアクリップで上げた毛先を削ぎ始める。おかっぱに見えていた髪の先がフェザーカールに自然と内へ向いて行くにつれて野暮ったさが消えていった。
「ね……」
 鏡の中の変容を遂げていく自分を眺めていた輝子が不意に呼びかけた。レザーを走らせながら目線を変えずにジョゼが返事をする。
「お姉ちゃんとどこで知り合ったの?」
「んー? ……ま、飲み会だね」
「合コン?」
「そうとも言うね」
「お姉ちゃん、合コンなんて行くんだ」
「俺の友達もメンズモデルやってんだ。そのつながりでモデルの子たちと飲んだわけ。愛里菜はモデル仲間に誘われて、付き合いで来たって感じだったな。別に彼氏を見つけたいって感じじゃなく」
 顔の直ぐ側にジョゼが顔を並べて鏡を確認する。近くで見ると本当に整った顔立ちをしているし、いい匂いがする。前に鏡があるのを忘れて横目で見てしまった輝子の目線に合わせるようにニコリとジョゼが笑ってきたので、輝子は紅潮した頬を隠したかったが、クロスに覆われていたから腕を上げることができなかった。
「……オカッパじゃないっしょ?」
 やがてジョゼは屈んでいた身を起こして背後へ消えていった。輝子は首を左右に振って新しいヘアスタイルを見た。胸元まで伸びて重たげだった髪は、首の付け根の辺りに向けて巻き込みながらふんわりと首筋を擽っていた。頭を揺らすと髪も揺れる。自分で明るく色づけた毛先は切り落とされたが、この方がずっと可愛いと思った。何より、姉のショートボブスタイルとは全く違ったテイストだ。
「オトナっぽくしたいときは耳かけとかにするといいよ。カワイクしたいときは、真っ直ぐ目にね。……おいで」
 スタイリングチェアからシャンプーチェアに呼ばれる。背を倒されるとガーゼタオルを乗せられてシャワーに髪を濡らされていった。ジョゼの指先が泡の滑りとともに頭を刺激してくる。カットしている時よりずっと心地よい。蕩けてしまいそうだ。
「……輝子ちゃんは彼氏とどこで知り合ったの?」
 暫く黙って洗髪していたジョゼが、心地よさにウットリとしていた輝子に問うてきた。
「……友達の紹介。一ヶ上の高校生」
 ガーゼタオルの下で瞼を閉じながら答える。
「ふうん……。輝子ちゃんが好きだったの?」
「ぜんぜん。向こうに気に入られただけ。……何か最近、うっとおしい」
 泡を流されながら、頭に触れられる心地良さに警戒心が薄れた輝子は口が軽くなっていた。
「うっとおしい?」
「すぐキスとか、……すぐカラダ触ってこようとする」
「ふっ……」ジョゼのふき出す息が聞こえた。「……ま、高1なら仕方ないね。したくてたまんない頃だ」
「そういうもん?」
「そういうもん」
「……そっか。じゃ、ガマンしなきゃだね」
「ガマン……? 彼氏相手なのに輝子ちゃんはガマンしてんの?」
 シャワーの止まる音が聞こえると、厚手の柔らかなタオルに頭をくるまれた。髪から染み出す雫をタオルに吸わせるように拭われると、頭を撫でられているようだ。
「うん……。別に、キス、したいって思えない。……きっと、彼氏のことそんなに好きなわけじゃないんだ」
 いつのまにこんなことを話すほどに心を解いているんだろう、ふと気づいた。きっと頭触られて気持ちいいし、自分の気持ちが家族以上に伝わるから気を許しすぎたんだな。
「……好きじゃないのに、そういうことするんだ」
「うん、だって付き合うって、そういうもん――」
 言葉を続けようとしたらガーゼタオルが取られ、瞼を開けると至近距離にジョゼの顔があって言葉を失った。一気に鼓動が高鳴る。髪の雫を拭うために顔を近づけているだけだ、意識してはいけない。そう自分に言い聞かせようとしたら、片手でタオルにくるまれた頭を撫でながら、もう片手が頬に添えられた。どう考えてもヘアカットの中の所作ではない。
「んじゃ、ちゃんとしたキスしてあげよっか?」
 目の前で囁かれる。輝子は深く考えることができなくなって、喉を鳴らして唾液を呑み込むと、ジョゼの目を見つめながら頷いた。


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