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指嗾
【元彼 官能小説】

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指嗾-7

「……ゴメン。俺がもうちょっと愛里菜と一緒にいたらよかった」
 しかし羞恥は輝子の状況を見通したジョゼの謝罪の言葉ですぐに消えた。何なんだろう、この人。考えていることを次々と言葉にしていく。
「ホントだよ。ジョゼのせいでヒドイめにあった」
「だからそんな不機嫌な顔してたんだ」
 ジョゼは正面の歩道を行き交う人々に目を向けたまま、「……コワい顔んなってたよ? 輝子ちゃん、カワイイのにもったいない」
 棘々しかったのを無力化された胸襟へ褒め言葉が注がれてくる。人気モデル矢吹愛里菜の文脈ではなく、褒められた――。
「輝子ちゃんは……、愛里菜が嫌い?」
 そして続けて静かに優しい声で問われた。
 相手は姉の恋人だ。
「うん。嫌い」
 だが思わず輝子は初めて姉に対する嫌悪を言葉にして他人に打ち明けていた。肩を竦めたジョゼを見上げながら、そんな風に嫌わないでさ、仲良くやろうよ、と姉の彼氏に諭されていく心の準備をする。
「……やっぱりね。この前会った時にそう思ったんだ。……まぁ、姉ちゃんが愛里菜だなんて苦労もするよね。……仕方ないさ」
 予想に反してジョゼが言ったから、えっ、という顔になってしまった。その表情に対して柔和な笑みを向けられる。
「自分の彼女のこと言うのもなんだけどさ。……愛里菜はそりゃ、美人だし、スタイルもいい。男ならみんな好きになる。それに芯が通ってるし思いやりがあって、性格も人から好かれるから、女の子にもよく好かれるね。愛里菜が言うと、周りの人も何だか知らないけど『そーなんだな』って思っちまう。ま、そういうのがなきゃモデルなんてやってけないんだろうけど」
 輝子は語るジョゼを見上げながら、電車の吊り広告に満面の笑顔で写る姉と、『ヤブエリで見習うモテ着回しコーデ』という冷静に見たら訳のわからない文句を思い出していた。たしかに姉だからこそ購買欲を煽れるのだろう。
「周りは愛里菜が正しいってすぐ思うし、愛里菜も自分が正しいと思ってやってる。……でも、そんな愛里菜のせいで不幸になる人間もいる、っていうのをさ、愛里菜はわかってない」
 一番割を食ってるのが輝子なんだな、という優しい表情を向けられて胸から全身へ甘い震えが広がっていった。震えすぎて胸がこみ上げ、嬉し涙が睫毛を刺激してくる。鼻を啜った輝子は、恥ずかしくなってジョゼから目を逸らすと俯いてスニーカーのつま先を見た。何か言わなきゃ。
「じゃ、行こうか?」
 しかし先にジョゼに言われた。
「え……?」
「俺のせいで辛い思いしちゃったんだろ? 今日。罪滅ぼしさせてよ」
 と高い位置から差し出された手で繋がれて引かれた。輝子は特に抵抗もせず、ジョゼに連れられて歩き始めた。途中でタクシーを拾って連れられていった先は吉祥寺の、駅前の喧騒からは少し離れたところにあるビルだった。ガラス張りのフロアへ続いていく外階段を登ると、ジョゼは壁に取り付けられているナンバーキーを押し、ベルトループに結んでいるチェーンの先に付いた鍵でガラス扉の上下のロックを外した。
「休みだから勝手に開けちゃダメなんだけどね。ナイショだよ?」
 電気を灯けると、普段輝子が行っている地元のヘアサロンよりもずっと洒落た内装が目に入って怯んだ。当たり前だが誰も居ない。もし営業中で客やスタッフがたくさん居るならば、中学生が一人では来れないだろうと思った。ガラス戸のカーテンを引いて内側から鍵をかけると、
「つっ立ってないでさ、座んなよ」
 とジョゼが手を洗いながら鏡の前の椅子へ促してくる。言われるがままに座ると、ジャケットを脱ぎ、腕まくりした姿で背後に立ったジョゼが鏡越しに、「輝子ちゃんって、この髪、気に入ってんの?」
「別に……、気に入ってるわけじゃない」
 ずっと伸ばしていて胸元までかかる髪を友達の家で毛先ブリーチした。家に帰ると両親と姉から厳しく戻すように言われたが、受験前には戻すと言ってずっとそのままだ。
「かなり傷んでるね」
 ジョゼは毛先を摘んで指でほぐしながら言った。「切ってあげたいんだけど、いい?」
「……お金ないよ」
 輝子が言うとジョゼはふき出しながらクロスを広げて首に結んだ。
「今日はタダだよ。罪滅ぼしだからね。……今日だけだよ? これで気に入ったら、今度はオカネ、ちゃんと持ってきてね? 愛里菜にナイショでおいで」
 地元ではないヘアサロンに行きたいといっても、中学時代の姉は許しても自分は許してくれないだろう。輝子はジョゼに櫛で髪を梳かされながら溜息をついた。
「ショートはやだ」
「前髪も襟足もパッツンって? ……大丈夫、田舎の中学生みたいにはしないよ」
「じゃなくて。……お姉ちゃんみたいにしないで」
 輝子は姉のショートボブを思い出していた。八頭身くらいに小顔に見える姉に同じヘアスタイルで適う筈がない。


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