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指嗾
【元彼 官能小説】

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指嗾-3

 小学校低学年の頃は自慢の姉で、憧れだった。中学生の姉は自分から見ても人の目を惹きつけて可愛らしく近所の評判だった。学校の女の子の友達にも羨ましがられたし、輝子の家に遊びに来て、部活を終えて帰ってきた姉に偶然出くわすと、まるで芸能人でも見たかのように歓声を上げた。事実近所で評判の美少女は世間的にも評判を得る美しさであったようで、街でスカウトされると、学業が疎かにならないようにという条件付きでティーン雑誌に一般モデルとして時々登場するようになった。両親との約束通り愛里菜は勉学を怠らず、一方で世間の女子学生の憧れの存在へとなっていく。しかも有名になっても鼻にかけることなく誰にでも好印象を持たれる。半身とはいえ本当に芸能人になってしまった姉に、小学校高学年にもなってくると憧れは薄れて嫉妬を催すようになった。輝子ちゃんのお姉ちゃんってスゴい、カワイイ、という枕詞がついてでしか、輝子ちゃんっていいね、といった賛辞がもらえなくなった。姉妹だから顔立ちは似ている。だが、矢吹輝子ではなく矢吹愛里菜の妹でしか認知されないことは輝子の自己愛の成長を妨げ、劣等感が洩れ滲むように、華やかで美しい姉に並べても下地の見目は遜色ないのに屈折した目つきが第一の印象となる外貌となってしまった。思春期に入ってくると、浮かばれない鬱屈の逃し先は姉への恨みへと向いていった。姉にはエリナなどという今や容姿に相応しい美しい名と字を与えておいて、六年経って生まれた自分はテルコなどという古臭い名前をつけたことも気に入らなくなった。そもそも自分は予定になかった子供だったから両親は自分たちで名前を考えることもなく、小学校に入る前に他界した、これといった思い出も遺っていない祖父にその権利を譲ったのだ。優等生の姉が怒られたところは殆ど見たことがないし、怒るにしても「諭す」という表現が最も相応しく見えた。それにひきかえ中学になって素行が乱れ始めた輝子に対しては、両親は厳しく叱責し、あろうことか「お姉ちゃんが中学の頃は」などと言ってくる。姉だって中学の頃には髪を染め、化粧をしていたのに、自分が同じことをしたら咎められた。姉は仕事もしているからそうしてもいいんだ、ちゃんと勉強だってしているでしょ、と言われても納得できない。
 だが、自分はそういう人間なんだ、と自己完結させて納得するには輝子はまだ時間も経験も足らなかった。夕食の席で両親と姉が話をしている時にも、一人黙々と食べると、先に食器を下げて部屋に閉じこもった。モデルをやりつつも勉強も怠らずに、実力で有名私大に入った姉を見習う気にはなれない。部屋で一人音楽を聞きながら携帯をイジり、同じく既に勉強を諦めているクラスメイトとメッセージで会話をし続けた。その家の夕食か、風呂か、あるいは何らかの都合なのだろうということは分かっているが、会話中にメッセージが途中で返ってこなくなると、他のクラスメイトに無視されたと愚痴のメッセージを送って時間を潰した。不思議と誰かと話が途絶えると、別の誰かに繋がることができる。そうやって別の子の悪口を言い合うのを複数の相手と繰り返していても、誰かが孤立してしまうこともない。親や姉よりも、こうやって関わっている連中のほうが居心地がいい。姉の恋人とも打ち解けようなんて全く思わない。
「……日本語上手いさ。日本人だし」
 輝子の言葉にジョゼは対して気にした風はなかった。
「ごめんね、妹が変なこと言って」
 姉がジョゼの二の腕に手を添えて、上目遣いに、済まなそうな顔を向ける。その表情で大抵の男は許してくれるんでしょ、と思いながらジョゼを見ていると、
「ま、この見た目だからさ。外国人だって思われるのって初めてじゃないよ」
 と事も無げに言って、「別に輝子ちゃんは失礼じゃないさ」
(なんか……、今までお姉ちゃんが付き合ってきた彼氏と違うな)
 これまで愛里菜が連れてきた恋人を何人か見たことはある。初めて連れてきたのは高校生くらいの時だった。大体は姉と同じく、いかにも誠実そうで真面目なタイプが多かった。だが眼の前にいるジョゼには、これまでの彼氏に感じた印象、鼻につく姉と同じニオイを感じなかった。胡散臭い、という言葉がしっくりきた。
「日系ブラジル人……、わかるかな? 輝子」
 姉が言う。姉が心配するとおり詳しくは分からなかったが、優秀な自分はわかるけどね、という意味を感じて、外に音が漏れない舌打ちをした。「お父さんが日系の方なんだけど、ジョゼは赤ちゃんの時に来て、それからずっと日本で暮らしてるの。国籍も日本だよ」
「ふうん……。首のところのソレ、さ、タトゥー?」
 シャツから見えている首の後ろの模様を見て輝子が訊いた。
「こらっ」
 姉もだんだんと顔が険しくなってくる。
「そうだよ。……あ、お母さんにも言っておきます」
 ジョゼは母親の方を向いて、「これは昔に父親に言われて入れたものです。ウチはクリスチャンで、父の国ではこういう風習があるんです。日本ではワルイ人がタトゥを入れるから抵抗がありましたが、父が言うから仕方なくでした」


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