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鎖に繋いだ錠前、それを外す鍵
【フェチ/マニア 官能小説】

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鎖に繋いだ錠前、それを外す鍵 3.-5

 友梨乃が陽太郎の肩から手を下ろすと、陽太郎も腕を緩めざるを得なかった。友梨乃が一歩後ろに下がって、携帯を見下ろし、
「信じたほうがいいんだよね?」
 と自分のことなのにそう言った。
「はい。信じてください」
「……敬語に戻ってる。藤井くん」
 戻ってしまった呼称に、陽太郎は携帯を手に取って切断ボタンを押した。「信じて、ユリ」
 友梨乃は何も言わずに無機質に頷くだけだった。
 気不味い雰囲気になり、時間も時間だったのでそれぞれ順番に風呂に入って化粧を落とした。先に入った友梨乃は出てくるなり部屋を真っ暗にした。スッピンを見るな、と言った。何も無ければ、まだ女の姿なのだから、じゃれあいながら部屋を明るくしたりできたのかもしれなかったが、陽太郎はとてもそんな気分にはなれず、闇の中バスルームに向かった。暗い部屋に戻り、同じベッドに寝ても大丈夫だという友梨乃を退けて、陽太郎はベッドを使わず床に敷いたクッションに寝転んだ。ごめんね、と言って友梨乃がベッドに横たわる。同じベッドに寝てもいい、などと友梨乃が言うということは、セックスを試みても無理だという確信があるからに違いない――、陽太郎はそんな考えに囚われていた。だがそもそも陽太郎は手を出す気にはなれなかった。暗い部屋の中で漫然と天井を眺めていた。美夕のせいだ、と思った。あんなタイミングで電話してこなくたっていいのに。どうしても疎ましさを彼女に向けてしまって、美夕の番号を着信拒否にした。それでも気分が晴れない。
「……陽太郎……」
 友梨乃の声が聞こえてきた。友梨乃もまだ眠っていなかった。着信拒否の操作をする画面の明かりを見ていたのかも知れない。
「ん?」
「……いいのかな、ほんとに」
「なにが?」
 友梨乃が身を向けた拍子に布団がモゾモゾと擦れる音が聞こえてくる。
「彼女、きっと怒ってる」
「彼女やない。……俺の彼女はユリさん、……ユリやろ?」
 言ってから後悔したが遅く、怒気を孕んだ語尾になってしまった。
「ごめん……。ごめんなさい」
 もう一度布団が擦れる音がした。友梨乃は寝返りを打って、今度は陽太郎に背を向けて壁の方を向いたのだろう。
「……怒ってるのは俺に対してやから。ユリが気にすることないよ」
 それが分かって、なるべく優しい声で言ったが、友梨乃から返事はなかった。
「ユリ」
 呼びかけたが返事はない。陽太郎は溜息をついて瞼を閉じたが眠りはやってこなかった。あれだけ幸せだったのに忽ちに消散してしまったことが、眠りを妨げているのだ。
「よ、陽太郎……、くん」
 陽太郎の呼びかけから随分と時を挟んで、友梨乃が静かに呼びかける。
「ん?」
「あ、あのね。……『藤井くん』はやめるけど、『陽太郎くん』て呼んでいい? 呼び捨てはちょっと、なんか……、呼びにくくて」
「……俺も『ユリ』より『ユリさん』の方が呼びやすいです」
 陽太郎が身を起こしてベッドの方へ向くと、暗闇の中で友梨乃がもう一度寝返りを打って陽太郎の方を向いてきた。「……お互い無理せんでもええでしょ」
「うん……、そうだね」
 うっすら見える友梨乃の顔を見ていると、抱きしめてキスしたいところだが、もう男の姿に戻っている。暗闇の中だから友梨乃にははっきりと見えていないだろうが、陽太郎は慈愛の微笑みを浮かべた。
「……美夕とはもう何もないです。ユリさんだけです」
「うん……。……。あのね、……無理して別れなくてもいいんだよ」
「何言うてるんですか? そんなんありえんでしょ」
「でもね……、こうやって泊まりに、きてるのに、……、私、させてあげられない」
 友梨乃は言葉と言葉のあいだに間を置きながら言った。「きっと……、陽太郎くんは、……ガマン、できなくなる」
「ほやからってセフレ作れって?」
 友梨乃の言葉が悲しくて、また思わず陽太郎は言葉が乱れていた。「そんなん、彼氏やないですよ。……待つって言うてますやん」
 鼻を啜る息が聞こえてきた。また泣かせてしまった。友梨乃を胸に抱いて頭を撫でてやりたいが、それはまだ許されない。
「……させてもらえんからって、付き合えんわけやないです。彼女やったら、彼氏が他の女とヤッたら怒ってくださいよ」
 友梨乃に出会うまでは美夕の彼氏で、東京に出てから何人とセックスをしたかよく憶えていない。それを棚上げにしていることに失笑しそうだったが、そんな恥知らずな自分を受け入れてでも友梨乃のそばにいたかった。
「だって……、私のせいで、陽太郎くんを……、苦しめたくない」
 友梨乃の涙声が聞こえてくる。陽太郎は泣かしておきながら、しかしその言葉の裏には自分の好意に応えてあげたい友梨乃の思いが感じられて胸が熱くなった。しかし手を出すことはできない。歳上なのに可愛らしい仕草や言動を見せ続けられて朝まで過ごすよりも、ずっと忍耐が必要な拷問だった。
「大丈夫です。……ユリさんと一緒にいたいんで」
 手を握るくらいならいいだろう。ベッドの方に手を伸ばし、握って顔の前に押し当てている友梨乃の手に触れると、拳を開いて陽太郎を握り返してきた。


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