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鎖に繋いだ錠前、それを外す鍵
【フェチ/マニア 官能小説】

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鎖に繋いだ錠前、それを外す鍵 3.-4

 私のほうがお姉さんなんだから、上の立場に立たなきゃ、と、タオルで手を拭って振り返ると、目の前の光景に声を上げそうになった。
 そこには女がいた。いつの間に音もなく着替えたのか、丈の長いカットソーにスキニージーンズ姿だった。ゆったりとドレープが入ったそのラインが無いはずのバストを想像させ、裾から伸びるデニム地は脚線の良さを活かしていた。メンズでもありうるスタイルだったが、何より今日は、この前友梨乃が頭の中でイメージして教えたフルウィッグを被っている。今日友梨乃がやってきたのは、ウィッグを買ったからそれを見に来たのだった。この前化粧をしても最後に残ってしまっていた男らしいヘアスタイルは、ダークブラウンのふんわりとしたミディアムスタイルに隠されていた。首元の強めのカールが横から見た喉仏を遮るとともに、そこへの視線を散らしている。
「……どう、ですか?」
 顔をよく見たら陽太郎だ。声もそうだ。だが友梨乃の前に居るのは女装男ではない、女にしか見えなかった。
「また、服買ったの?」
「はい。……おかしいとこあったら言うてください」
 友梨乃は引き寄せられるように近づいていった。近くに行っても、男っぽさが匂ってこない。甘いバニラの香りがする。香水まで買ったようだ。
「……ちょっとはケチつけさせて」
「合格です?」
「うん……」
 自分でも驚いたが、ほぼ同じ背の高さの陽太郎のすぐ前に立ち、両肩に手を置いて首を傾げて唇を近づけていった。電灯に照っているグロスの表面に唇を触れさせた。陽太郎は芳しい友梨乃の香りに抱きしめたい衝動を必死に抑えながら、じっとそれを受け入れていた。
「ニンニク入れなきゃよかった」
「あっ、す、すんません」
 陽太郎は友梨乃から離れて、口をゆすぎに行こうとしたが、友梨乃は肩の手を離さなかった。
「……お互いさまだから大丈夫」
 友梨乃はもう一度唇を触れて顔を離したが、すぐまたキスをしたい欲求にかられる。ここまで至近に寄っても、陽太郎を女としか見れなかった。
「よ……」友梨乃は声を出そうとして、あまりの鼓動に息が詰まった。「……陽太郎、……くん」
「くん、無しでもいいですよ」
「……よ、陽太郎」
 名前を呼ばれるとさすがに我慢できなくなって、陽太郎は両手を友梨乃の腰に添えた。本当は抱きしめたいが、きっとそれはやり過ぎだ。
「なんですか……?」
「私、名前で呼んだよ? ……、……敬語」
「……なに?」
 友梨乃は頬を陽太郎に付けた。瞬きすると涙がこぼれた。
「ありがとう」
「何のお礼?」
「私のためにここまでしてくれるから」
 正直な気持ちだった。早く陽太郎の想いに応えられる体にならなければと本気で思っていた。
「別に苦やないから、大丈夫」
「……うん。ありがとう」
「ユ……、ユリさんが好きやから大丈夫」
「さん、いらない……」
「ユリが好きやから」
 ぎゅっと力を込めて友梨乃が抱きついてくる。友梨乃が込める力と同じくらいの力で陽太郎は友梨乃を引き寄せた。
 しかしスキニーの中で、体に残されている男性的な物が、友梨乃の体に密着したことで徐々に頭をもたげ始めて来た。締め付けられた下腹部で膨張を始めて痛くなる。マズい、勃起はしてはいけない。友梨乃は女としての自分に抱きつき、感涙を流してくれているだけだ。収めなければ。
 突然バイブレーションの音が聞こえてきた。テーブルに置いていた陽太郎の携帯が震えている。画面には『美夕』と表示されていた。
「ユ、ユリ……、違うからっ。ちゃんと、別れてる」
 陽太郎は焦って頭を引いて友梨乃を見た。友梨乃は肯定とも疑りとも言えない表情を向けている。友梨乃が付き合ってくれると言ってくれた日に、陽太郎は電話をして美夕に別れを切り出した。美夕は泣き叫んだ。理由を問われて、正直に「好きな人ができた」と答えた。すると美夕は浮気だ、裏切りだと更に荒れ狂った。案外、美夕も、あそーか、とあっさりと別れに応じるんじゃないかと思っていたから、あまりの固執に驚いた。電話を切っても、毎日のように恨みや縋りのメールやメッセージが届いた。かかってきた電話に、最初は腫れ物に触るように誠意を込めて美夕を納得させようと試みたが、美夕がどうしても応じてくれず、やがて陽太郎はどうしてもその人が好きなんだと懇願を織り交ぜ始めた。
「イヤや。許されへん」
「許さんでええよ。最低男やと思ってくれてええ」
 死ね、とまで言われて電話を切られた。言われたくない言葉だったが、それで美夕が愛想をつかしてくれるなら受け入れようと思った。
 だがまた電話がかかってきている。
「で……、出ないの?」
 きっと美夕は陽太郎と続けたいというより、他の女に走られたことを許せていない、自分にまだ幻滅できていないのだと思った。出ないほうがいい。
「いや、ええんです。ほんまに別れてます。ウソや無いです。信じてください」


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