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爛れる月面
【寝とり/寝取られ 官能小説】

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5.つきやあらぬ-21

「徹さんをあのカッコで待たせてたら、結婚式だ結婚式だって、その辺に居た人、集まって来ちゃいました。みんな花嫁が来るのを待ってたんですよ」
「何、豪快にハードル上げちゃってくれてんの?」
「大丈夫です。……軽々と越えやがって」
 紅美子を見ている群衆の騒めきからは、特に年配と若い女性の声で、きれいな花嫁さんだねぇ、とか、ほっそ!、と声が上がっている。
「……で? 私はどうしたらいいの?」
 紅美子はまんざらでもない顔をして紗友美に問うた。
「徹さんが手を引いて降ろしてくれる……はず。って、さっきちゃんと説明したんですが――」
 橋の中央で、片手に手袋を持って捧げた徹は直立不動のままだ。「動かないですね。長谷さん、ちょっと呼び寄せてください」
「犬じゃないっての」紅美子は笑って、「……徹っ!」
 と大きな声で呼んだ。群衆が一斉に徹を見る。その視線に縛られたように、徹は立っていた時の背筋のまま、ぎこちなく、まっすぐこちらへ歩いてきた。
「徹、手」
 紅美子が手を差し伸べる。徹にその手を軽く握られたが、この様子ではアテにはできないと思い、転ばないように気をつけて人力車から降りた。
「……ビックリした?」
「う、うん……」
 橋に降り立っても手を握られたままだった。自分に見惚れている。
「新郎の魂が抜けそうになってますけど、ここの使用許可もらった時間、あまりないんです」
 紗友美がこまごまと身を屈めて、降りた拍子に乱れた裾を扇に広げながら、二人に小声で指示をする。
「徹。手、離して」
「う、うん……」
「それから、肘、こっちに出して。ちゃんと光本さんに言われてた通りにして」
「う、うん……」
 徹は脇腹に手を添え、肘を横に突き出した。紅美子がその輪へ手を添える。
「そればっかり。……徹のためにドレス選んだのに、ちゃんとホメて」
「う、うん……。ゆ、夢みたい」
「……。よし、合格」後ろを振り返り、「引きずっていいの?」
 見栄えがする形に裾を広げた紗友美が頷いたので、紅美子は歩き始めた。慌てて徹も歩き始める。人だかりの手前で一旦止まり、二人で礼をすると拍手が巻き起こった。群衆の輪の一角を崩すように進んだ二人は、欄干の前でもう一度礼をした。観光で来ていた外国人が、良く分からない言葉で歓声を上げて、親指を立てて三脚に据えた一眼レフで撮影してきた。
「ちきしょー、とんでもねぇ別品さんじゃねぇか! 兄ちゃんなんかにゃ勿体ねぇ!」
 輪の後方から高齢の男のひやかしが飛んだが、徹は直立不動のままで、紅美子が、まぁまぁと鎮めるように両手を動かすと笑いが起こった。群衆の中に早田の姿を探したが居なかった。何やってんだろう、あいつ。今度連絡してやらなきゃな、と思っていると、二人の前にちょこちょこと紗友美がやって来た。祭服を着た外国人の神父を連れてくる。
「この人、神父さん?」
「一応、私の家の近くの教会にいる本物の神父さんです。そのへんの浅草の観光客に着せたわけじゃないですから、安心してください。十字架無しでもやってくれるそうです!」
「ヨロシク」
 ニッコリ笑った老神父が礼をした。紗友美は、あー、と言ったあと咳払いをして、 「やーっと花嫁が入場できました!」
 と大きな声で言うと、拍手がより大きくなった。「あんまり時間ないんで、賛美歌は省略します! えーっと……」
 紗友美は手元のメモを見た。
「じゃ、神父さんからヒトコト!」
 神父は微笑みながら二人の前に立った。ゆっくりと徹と紅美子の顔を見て頷く。
「……本当は、ここでは聖書からアナタたちに愛の教えを説きます。ですが……」
 神父は手のひらで紗友美を指した。「サユミから聞きました。アナタたちは、幼い頃に出会い、ずっと一緒にいる。そうですね?」
 紅美子が返事をすると、老神父はうんうんとオーバーに頷いた。
「ここは教会ではありません。ですから、ワタシはアナタがたにこの話をしたい。……キズナという言葉、知っていますか? 聖書にも出てきますが、今日お話ししたいのは、漢字の絆、です」
 外国人の神父は、二人の前の空中に「絆」という文字を書いた。半ではなく、八を使って正確に書く。
「日本語は素晴らしい。一つ一つの文字に意味を持たせています。……絆という字の、右側は『わかれる』という意味だそうですね。左側は、ロープ、これは『むすぶ』という意味になりますね。つまり、絆は、ばらばらになったものを束ねる、そういう意味でしょう。ワタシは調べました。もともとは、家畜を逃げないようにつなぎ止めておく、束縛するというヨクナイ言葉でしたね。しかし、悲しい地震があったとき、この国では皆いたわりあい、助け合い、不幸に立ち向かいました。それを人々は、絆と呼びました」
 神父は徹と紅美子を手で指し示し、そして両手を使って紗友美や、二人の親たち、そして周囲の群衆も指し示し始めた。
「もともと人間は、一人ひとり、ばらばらなのです。これはイエスの教えと同じです。ワタシ達は、神の前ではただ一人なのです。……であるからこそ、ワタシ達は絆を結び、お互いを尊重し、共にありたいと思います。ここに愛の尊さがあります」


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