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爛れる月面
【寝とり/寝取られ 官能小説】

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3.広がる沙漠-17

「眠くなると残虐になるんだな、君は」
「……きっと私も殺される」
「徹くんは君を殺すなんてできないだろ?」
 確かに想像できなかった。だが、紅美子が想像できないのと同じくらい、徹も今の恋人の姿を想像できないだろう。想像を絶する事態を知った時、徹はどうなってしまう? そう思うと、まだ井上と一緒にいながら、徹に早く会いたくなってきた。裏切りを告白する想像に紅美子は破滅の快楽すら感じてバルーンスカートの中で脚を擦り合わせる。とにかく早く徹に会いたい。
「……できないかもね。でも、徹になら、殺されてもいい」
 紅美子はウトウトと居眠りの中有に漂っていた。高架道路の繋ぎ目を車が踏む一定のリズムが拍車をかけてくる。
「二十年っていうのは重いね。三週間とはずいぶんちがう」
「当たり前じゃん……。……ママの次に……長く一緒にいるんだから」
 井上は暫く黙ったあと、
「インセスト・タブー……、知ってるか?」
 と言った。
「あんた、私を寝かさないつもりなんだ?」
 苦笑交じりで目を開いた。どの辺りまで帰ってきているのか、景色だけでは首都高速に明るくない紅美子にはわからなかった。「そんなワケわかんない英語言われても、勉強できないから知らないよ。学校の宿題は全部徹にやらせてきたから」
「インセストは……、近親相姦のこと。インセスト・タブーは『近親相姦はダメだ』ってことさ」
「へー。確かにダメだね? で、それが何?」
「何故ダメだかわかるか?」
「……親とか兄弟とか、子供とかとヤッたらキモいじゃん」
「なぜ、キモい?」
「ね、何コレ?」
 井上はまた暫く黙ってから、静かに口を開いた。「……親兄弟、子どもとセックスしたって、肉体的な快楽はある。子供もできるだろうし、順調ならば産まれてくる。気持ち悪い、と思うのは精神……、心の中での話だ。僕と君だって、親子の年齢差なのに、あれだけヤッた。それは血の繋がりがないだけだから?」
「……」
 紅美子は改めて井上を見た。つい数時間前まで濃密に体を交わしていた男は父親でもおかしくない。「でも、マトモな子供、生まれないんじゃん? 血が濃いと」
「そんな子を作りたくない、作ってはいけないっていう思いを世界中、いつの時代も全員が持てる? 今はもちろん、昔も国を問わず殆どの人間社会では近親相姦はタブーだ」
「歴史に詳しいんだね。……知らないし、どうでもいい」
 紅美子は瞼を閉じ落として話を終えようとした。
「……君と徹くんは、それに似たようなもんだ」
 だがその言葉に納得がいかず身を起こす。
「は? 私と徹は血なんか繋がってない」
「繋がってるようなものさ」井上はS字に入っても速度を大きくは緩めず、左右に大きくカーブを切りながら、「五歳から一緒にいるんだろ? まあ、そういうカップルは世界には何組もあるだろうけどね。だけど、話を聞いてる限り、徹くんの君への愛情は異常だ。男と女のものじゃない」
「……」
 井上は真っ直ぐ前を向きながら話していた。
「恋人の間には好き合ってる他の関係性はない。自分の意志で結ぶことができるし、解消もできる。しかし血の繋がりは自分ではどうしようもない。君がどんな風に徹くんと二十年間接してきたかは知らないけど、徹くんが頑張って結ぼうとしてる関係は恋人よりも家族に近いと思う。だから結婚を望んでいるのかな。君を本当の『家族』にしたいらしい」
「あんた、徹の何知ってんの? だらだらとふざけたこと語らないで」
 苛立った声を上げたが、心の中では徹の自分への執着の強さを言い得ていると感じていた。
「……君も同じだ。自分に居ない人間を全て徹くんで埋めたいだけだ。兄弟も、それから父親も……、君が忌み嫌ってる子供もね」
「徹に嫉妬するのはいいけど、勝手なこと言わないでくれる?」
 紅美子は自分でも知らないでいた心の中を井上に暴露される危険を感じて前へ向き直った。アウディが指示器を出して高速を降りていく。「徹と別れさせて、四人目の奥さんにするつもりなら、絶対無理。徹が好きで好きで仕方ないから」
 殊更に芝居がかって井上も、自分自身も躱そうとした。
「結婚――、ていうより生殖だな。これの意味は、集団の間で女性の交換によって連密性を築こうとする社会行動だ。限られた集団、つまり血縁の中だけで女性を使っていると、その家族は社会に対して開かれていかない。だから近親相姦はいつの時代も、どの社会でもタブー視されるわけさ」
「……女の交換だとか、使うだとか。あんたらしいね」
「僕の説じゃない。多くに認められてるちゃんとした学説だ。ほかの学問や思想にも影響するほどにね」
「知らないけど女をバカにする奴のタワゴトなんて聞いても、私は何とも思わない」
 見慣れた風景になっていた。時計を見ると、十一時まであと十分くらいだった。前方で六号線を跨ぐ鉄橋を東武線が渡っていた。もうすぐ徹を乗せた電車があれを渡る。
「間に合ったろ?」
 松屋を行き過ぎた所でハザードを点けたアウディが路肩に寄った。
「そうね。ギリギリだけど」


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