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隣人
【その他 官能小説】

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その(6)-2

 翌日の昼休みのことである。
昼食を終えて戻ると女子職員がメモを差し出した。
「お電話がありました。ご連絡をいただきたいということでした」
「ありがとう」
受け取って動悸が高鳴った。
(田之倉……)
膝が震えた。
 携帯の番号である。この時間だと自宅からだろうか。
(なぜ仕事先の電話を……)
調べたのかーー
 迷っても対応策などない。かけるしかなかった。
「ちょっと私用の電話なんで出てくる」
職員に伝えて近くの公園に行った。誰かに聞かれるわけにはいかない。

 携帯を見つめながら掛けるまで時間がかかった。
「田之倉さんですか?」
「はい」
太い声が聴こえた。
「あの、電話をくださったようで」
「小山内さんですね」
「そうですが……田之倉さんって、どちらの?」
田之倉はこもったような低い声で笑った。
「お宅のお隣の田之倉ですよ」
「ああ……そうでしたか……」
とぼけても無駄だと思いながら他に言いようがない。

 少し間が空き、
「お仕事先にすいませんね」
「いえ……それで、どんなご用件でしょうか」
それには答えず、
「お堅いお勤めですな。国家公務員ですよね」
そう言って息を吐く音がした。煙草を喫っているようだった。

「何で電話したか、おわかりですよね?」
「……」
黙っていたのは言葉が出なかったのである。
「小山内さん」
「はい……」
「おわかりですよね?」
「……いま、考えているところで……」
「こちらで言わないとわかりませんか」
突然どすのきいた口調に変わった。
「これからそちらに伺いましょうか」
「いえ、それは困ります。わかりました、思い出しました」
「そうですか、それはよかった」
田之倉はまた大きく息を吐くと咳ばらいをした。
「それじゃ近々ゆっくりお話することにしましょうか。女房からはすべて聞いていますので。いいですね……また連絡します」
小山内はベンチに凭れながら暗澹たる思いに包まれていた。


 酒を飲まずにはいられなかった。
 縋る想いで立ち寄ったが結衣は留守だった。携帯は何度かけても通じない。状況を考えれば当然だろう。逃げ出して実家にでも帰ったのかもしれない。
 家に帰るとテーブルにメモがあった。
『明日の夕方もどります』……
高校の同級生と温泉に行くと言っていたのを思い出した。
(今日だったか……)
このところ亜希子の言葉はほとんど憶えていない。それどころではなかった。……

(開き直るか……)
『奥さんを愛しているんです。二人は愛し合っているんです。あなたには彼女を幸せにできない。慰謝料は払います。別れてください』……
(言えるか?……)
自分に問いかけても力がない。田之倉と会うのが怖かった。
(殴られるかもしれない)
そうなったら警察だ。……いや、表沙汰になるのはまずい。
(どうしよう……)
途方に暮れて煽る酒はむやみに苦く、胸を焼いた。 


 


 


 


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