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沈む町
【大人 恋愛小説】

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爪磨き-1


「もう大丈夫なのね」
優しい眼差しで、ゆかりさんが微笑む。
「はい、すみませんでした、昨日は。」
今日はしっかり働きます。

「昨日はこいつがお前の分まで働いたんだから、今日は楽させてやれよ、ゆかり様に。」
「優、やめてよ。」
ゆかりさんはやっぱり優しく微笑みながら、言った。
「お互い様よ。もし私がダウンしたら、お願いね」

妬みたくなるくらいオトナだ。
私なんて好きな人にモノ貰って喜んでいるのに。
そして、ゆかりさんの、「優」と呼ぶ声は、私の耳に違和感を与えた。
多田さんの下の名前は、優。ゆう。

多田さんとゆかりさんは同期入社で、全部で4人いる同期の中でも特に仲がいいのだ。
そういうのを見てるから、私はゆかりさんが苦手なのかな。
―違う。
ジェラシーなんかではない何かを、初めて会った時からゆかりさんには感じていた。
完璧すぎるところが、少し怖いのだ。
怖いと言うか、一緒にいると不完全な自分が際立って、みじめになるからか。
結局それって嫉妬じゃないか。
ああ、自分に呆れる。
こんな不毛なこと考えたって、何にもならないのは分かっている。
持って生まれたものが違うんだから。

でも、ゆかりさんの綺麗なネイルを見る度に、逃げ出したくなる。
すらっとした指に、縦長の綺麗な爪が生えていて、ハンドクリームのCMに出られそうなくらい美しい。薄桃色のマニキュアがいつもつやつや輝いていて、はげているなんてことは絶対にない。

噛みグセのせいで短く不格好な私の爪とは、本当に、月と鼈って諺がしっくりくる。
親からの愛情は十分だったけど、なぜか爪噛みのクセが直らない私は、子供みたいな、短い不細工な爪をしているのだ。

ゆかりさんがよくしている、薄桃色やベージュみたいな色は、きっと似合わない。

私、ただのガキじゃん。

急に昨日の出来事すらも空しくなって、無心にパソコンの画面を見つめ、ワープロを打ち続けた。

18時には仕事を終えて、マンション近くのスーパーに寄った。
いつもなら惣菜とビールが定番だけど、今日はやめた。
麦茶のパックと、キュウリと、もろきゅうの味噌をカゴに入れた。
キュウリダイエット、ありかもな。
去年の夏は、食欲がない時は常にキュウリをカジっていたし。
洗顔料が切れていたことを思いだし、薬局に寄った。
いつもの洗顔を手にし、レジに向かう途中で、爪磨きが目に入った。
少し迷って、洗顔料と一緒にレジ台にそっと並べた。
ピンクや黄色や水色の小花柄の、シャレた爪磨き。

一度綺麗にしたら、このクセは治るのだろうか。
治ったからって、何になるんだろう。
私、何やってるんだろう。


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