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-1

 そこは道路というより、外国によくある広場のように見えた。舗装されて、やたらと幅が広く、無機的で工学的であった。

 確かに道路である。まるで滑走路のようにだだっ広い道路である。
 男の歩みは遅く、重そうだった。
見上げる前方には白亜の大きな建物がそびえ立っている。男はそこに向かって歩いている。

 車一台見当たらない。人といえばその男がただ一人、暑さに耐えかねてか、背広の上着をそれさえも打ち捨てていきたそうに力なく指先に引っかけていた。

 人、といったのにはわけがある。男の斜め後方に一匹の犬がいた。産まれた時は純白に輝いていたのだろうが、今は埃に塗れて灰色にくすんだ、萎えた毛並みの犬が、うなだれながら男との一定の間隔を保ちながら歩いていた。
 男の飼い犬ではなさそうだった。背広姿の男と残飯に口を汚したその犬とはどこにも結びつきは見当たらない。それに、犬も男の後を付いている様子はなく、それなりの世界を歩んでいる感じだった。

 男のワイシャツは汗を染み通し、襟は垢に塗れて茶褐色に染まっている。
犬の舌はだらりと下顎にこびりついて息遣いはせわしない。男はときおり犬を見やってはハンカチで汗を拭った。そしてゆっくりとした動作で前方に目を向けた。

 犬も男を見ることがあった。男が立ち止まって歩いてきた道を振り返る時である。その時、垂れ下がっていた頭は弱々しくも起き上がり、男と合わせるように足を止めるのである。

 いくら歩いても建物の大きさは変わらないように男には思えた。
道路の勾配は緩いものだったが、それだけに鈍い気だるさが少しずつ蓄積されていくように感じた。

 強烈な日差しは容赦なく降り注ぐ。
男は凝り固まった項を返した。振り返ってみて、だいぶ歩いた思いとともに、逆にたいして進んでいないようにも思える。
 男は溜息をつき、犬に一瞥を投げると、ふたたび体を前傾させて前に向かった。


 男は道路の真ん中を歩いていた。なぜか歩道も街路樹もない道である。だからどこを歩いても暑さを凌げるわけでもなく、また、幅広いので、もし車が来ても事故に遭う危険はなさそうである。

 汗の伝う腕を曲げて時計を見た。小さく声を上げ、上着を肩にかけて走り出した。走るというにはあまりにぎこちない動きであった。
 男が走り出すと犬も足を速めた。苦しそうに喘ぎながら、それでも男との距離を保っていく。

 バタッと靴音を立てて男の足が止まると犬の耳が野性の片鱗を見せて瞬間、動いた。
男は流れ込む汗に目を瞬かせ、犬を見つめ、荒い息を弾ませて後ろを振り返った。

(この道は……おかしい……)
歩いている実感がない。一歩一歩距離は進んでいる。なのに何かが抜けているような感覚があった。
「あの角を曲がって、この道路に入ったんだ……」
呟いてみたがその独り言は誰かの言葉のように響いた。

 足もとの路面に目を落とし、そのままゆっくり顔を上げ、角の電柱を凝視した。日差しが眩しいのか、目を細めた。
「あの曲がり角から入ってきたのか?」
また疑問が滲んだ。

 今は見かけなくなった木製の電柱が連なっている。男は煙草を取り出した。
「だが、妙だな……」
これほど整備された道路に、なぜ古めかしい電柱があるのだろう。過去と現在が歪に絡み合っているような不自然さがある。

(どうでもいいことだが……気にはなる……)
男は火照った顔に暗影を浮かべて煙草を吸い、片脚に重心をかけた。
 

   
 

 


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