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雨が雪に変わる夜に
【女性向け 官能小説】

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来客-3



 明くる日曜日。1月11日。
 アパートの部屋で朝食を済ませた拓海と亜紀は、10時頃、街へ出た。

「やっぱこの町はいいね。都会なのにほっとするって言うか、癒されるよ」
「そう?」
「賑やかで、おしゃれじゃん」拓海は颯爽とアーケード街を闊歩していた。
 小柄な亜紀はちょこちょこと少し急ぎ足で彼女の横について歩いた。
「ところで亜紀ンこ、あんた相変わらず飾りっ気ないね」拓海が横目で亜紀を見ながら言った。
「え?」
「もういい年なんだからピアスぐらいつければ? アクセサリー系、皆無じゃないか」
「……いいの。あたしこれで」
「マニキュアもしてないしメイクも薄いし……やっぱあんたには彼氏が必要だわ」

 二人は『Simpson's Chocolate House』にやって来た。
「久しぶりだな。相変わらずお客が多いね」拓海はそう言って入り口のドアを開けた。取り付けられていたカウベルが軽やかな音をたてた。

「いらっしゃいませ」
 メインシェフ、ケネス・シンプソンの妻マユミが微笑みながら二人を出迎えた。


 インフォメーション・カウンターで引き出物の注文を済ませた拓海は、椅子から立ち上がると亜紀に向かって言った。「お茶でも飲んでいかないか?」
「いいね。奢るよ」
「そうか、済まないね」

 亜紀と拓海は窓際のテーブルに向かい合って座った。

「そう言えばさ、亜紀ンこ」
「なに?」
「こないだ雑誌にこの街のことが載ってたんだけど」
「そうなの?」おしぼりで指先を拭き終わった亜紀が目を上げた。
「うん。なんでも、このシンチョコのあの木、」
 拓海は窓の外に目をやり、駐車場の脇、通りの近くに立っている大きなプラタナスの木を指さした。「あれには恋愛成就の御利益があるんだと」
「恋愛成就?」
「ああ。まあ、恋人同士でなくても、あの木って、この界隈じゃけっこう目立つし、ちょっとお洒落だし、あちこち遊びに行くのにも便利な場所だし、よく待ち合わせ場所になってるんだって?」
「そうだね、そう言えば友達も時々あそこで待ち合わせしてるみたい」
「好きな相手と、あそこで待ち合わせしたら、二人で幸せになれるんだってよ」
「ほんとに?」亜紀は拓海に懐疑的な目を向け、笑いながら紅茶のカップを持ち上げた。
「それでうまくいって、つき合ってた彼と結婚しました、っていう経験者の話も記事になってた」
「ふうん……」
 亜紀はもう一度、葉を落としたその木に目をやった。

 しばらくの沈黙の後、唐突に亜紀が口を開いた。「ねえ、タクちゃん」
「ん?」
「結婚って、どんな感じなの?」
 拓海は一瞬カップを持った手を止めたが、すぐに微笑みを返した。「人生の第二幕。だね」
「第二幕?」
「そうさ。価値観が二人分になるんだ。身も心も豊かになるじゃないか」
「え? 意見がぶつかったりしないの?」
「そんなことは承知の上だ。大人なんだし。価値観が同じになる、って言ってるワケじゃなくてさ、自分と違う考え方が、好きっていう気持ちに包まれて自分のものになるってこと。そりゃあ、絶対に受け入れられない価値観のやつとは初めから結婚する気になんかならないけどね」
「それはそうだね……」

 拓海は上目遣いで亜紀を見た。
「あんたさ、実は別れた元彼のことが、ずっと気になってるんじゃないのか?」

 亜紀は動揺して、トレイから取り上げたチョコレートを落としてしまった。
「図星?」
「べ、別に気になってなんか……」
「いや、顔と態度に出てるって」

 拓海はレモンティを一口飲んだ後、続けた。「なんで三年もほっとくんだよ。好きならアプローチしたら?」
「だって……あの人、もうあたしのこと忘れてるよ、きっと」
「すでに結婚してるのか? その彼」
 亜紀は首を横に振った。「たぶん……まだ」
「彼女がいるのか?」
「し、知らないよ、そんなこと」
 亜紀はうつむいてソーサーの縁を人差し指でそっと撫でた。

 しばらくの沈黙の後、拓海が優しく言った。「電話したら?」
「え?」
「別に嫌いになって別れたってわけじゃないんだろ? 元気にしてる? みたいに軽いノリでさ」
「……」


 その日、遼は町内をパトカーで回っていた。
 助手席に座った新人警察官の夏輝が言った。「一月なのに、暖かいですね、今日は」
「そうだね。車じゃなくて歩いてパトロールしたいね」遼はハンドルを切りながら言った。「日曜日の勤務は、なんか落ち着きませんね」
「そうですか?」
「だって、街にはこんなに人が溢れてる。実に楽しそうじゃありませんか。羨ましくないですか? 日向巡査」
「確かに。そう言われれば。でも街が活気づいてるのを見るのは、あたし好きだな。幸せそうな家族連れや恋人達……」
「本当に幸せそうだ」遼は微笑んだ。

 ゆっくりした速度でパトカーを走らせていた遼は、『シンチョコ』の前の通りに差し掛かった時、いきなり車を止め、窓からそのスイーツ店の窓を凝視した。
「ど、どうしたんですか? 秋月巡査長」

 秋月の目は、『シンチョコ』の店内でテーブルを挟んで向かい合っている男女に釘付けになっていた。「亜紀……」そして小さく呟いた。
「秋月さん?」
「(だ、誰なんだ、あの男……)」遼は顔を赤くして唇を震わせていた。
「どうしたんです? 何か気になることが?」
 夏輝が訊いたが、遼は固まったままで反応しなかった。

 おもむろに遼は無言で車を発進させた。夏輝が今までに秋月とのパトロールで経験したことのないスピードでパトカーはその通りを走り抜けた。


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