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鳥飼いの復讐者
【ファンタジー 官能小説】

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復讐やめますか? それとも人間やめますか?-3


「……望み通り、残りのダニを処分してやる」

 凄惨な暗い笑みを浮かべた青年が、王の腹から剣を引き抜く。
 血に濡れた刃は、その赤すら判明できないような、深い漆黒の色をしていた。

「生贄選抜の制度を利用し、民の血税を搾り取った吸血ダニを処刑するには、ここはピッタリの場所だろう?」

 続いた男のセリフは、悲鳴すらあげられずにいる姫へ向けられていた。
 ハーピー少女はとっくに背後から姫を羽交い絞めにし、血の気の引いた喉首へと、手甲の刃を押し当てている。

 吸血鬼たちへの生贄は、この国に住む十五歳から二十五歳の男女から選ばれていた。毎年、合計で十人の男女が供物と共に黒い森に連れて行かれ、二度と帰ってはこない。

 生贄は孤児から王族まで、該当する年齢の男女から身分の差を問わずにくじ引きで選ばれることになっていた。
 当初の記録では、確かに貴族の子女や王族の一人までも選ばれたことがあったらしい。

 それがいつからか、くじ引きを逃れる『救済札』という制度が出来た。

 毎年、一人分の救済札は銀貨十五枚で購入できる。貴族階級ならば小遣い程度。絹のハンカチ2、3枚の値段の額だ。
 しかし、ただでさえ重税にあえぐ貧困階級には、とても用意できる金額ではない。いくら我が子の命が惜しくとも、一人につき銀貨十五枚を十年分…百五十枚など無理な話だ。

 貴族階級が逃れた分、生贄の層は必然的に貧困階級へと狭まっていく。
 そして救済札の収益金は王室を潤し、積極的に王家のご機嫌取りをする貴族たちにも振り分けられた。
 吸血鬼への供物分と引き上げられた税も、実質は半分以上が王家の散財に使われていた。

「ひ、ひぃ」

 姫の口から引きつった悲鳴が漏れたが、刃はその喉を引かなかった。ハーピー少女は、姫を背後から羽交い絞めに抱え、極彩色の翼を力強く羽ばたかせる。
 ふわり、と豪奢な靴の先が宙に浮き、姫が今度は金切り声の悲鳴をあげた。

「あんた、太り過ぎだし飾り過ぎ。つまり、重すぎ」

 ずっと押し黙っていたハーピー少女が、豪奢な裾広がりのドレスを着て宝石を飾った姫に、舌打ちせんばかりの声を吐きかけた。
 壇の下から駆けつけた騎士が、姫を助けようと剣を振りかざすが、ハーピー少女は刃を避けてすばやく急上昇する。

 すでに青年へも、無数の騎士たちが剣を向けていた。
 選び抜かれた近衛騎士たちだったが、青年の強さは、まさに鬼神のごときというのに相応しい。一合も打ち合わずに、つぎつぎと騎士たちの身体が分断されていく。

 青年の黒い剣は、まるで野菜でも斬るように、鉄の鎧ごと軽々と相手を切り裂く。血脂に切れが鈍るどころか、血を吸った刀身はさら妖しい黒の輝きを増し、更なる獲物を求めて切れ味を鋭くしていくようだ。

 しかし、いくら青年が強かろうと、たった一人で無数の騎士たちを相手取れるものではないだろう。

「全員で囲め!」

 年配の将軍が鋭く冷静な指示をだし、騎士たちは青年の周囲へ円形の包囲網を作成した。
 輪を狭めていく騎士たちに、青年は無造作に構えたまま焦るでもなく、片手の親指で上空を示す。

「あんたたち! 剣を引かなきゃ、姫さまを落っことして、腐ったトマトみたいに潰してやるから!」

 はるか上空で、ハーピー少女が怒鳴る。
 その細腕に抱えられた姫は、恐怖のあまり失神したのか、グッタリとうな垂れていた。
 今にも斬りかかる寸前だった騎士たちが、顔を青ざめさせて足を止める。
 弓隊がハーピーを射落とそうと矢をつがえるが、姫に当たるかもしれないと、射ることができない。

「不意打ちのうえ、姫を人質になど……どこまで卑怯者だ!」

 うめく将軍に、青年は凄みのある笑みを向けた。

「ほぉ、たった二人に大勢で切りかかるのは、清廉潔白な騎士道だってのか?」

「ぐ、む……」

 痛い点を突かれた将軍の顔が、赤黒く染まった。

「それにあの女も、民の血税をたっぷり吸ったダニだ。俺が城へ滞在している間中、あの女の下へ商人がこない日は無かったぞ」

 軽蔑を露にした口調に、騎士たちは思わず顔を見合わせる。
 甘やかされた末姫の浪費クセは、彼らもよく知る所だった。
 心ある侍女や臣下が勇めようとしたこともあったが、クビにされるか鞭打たれるのが関の山で、そのうちに誰も何も言わなくなった。

「き……貴様は一体、何が目的だ!」

 将軍が怒りに声を震わせ怒鳴ると、青年の暗い双眸の奥に、黒い火が燃え上がった気がした。

「復讐だよ。クソ忌々しい吸血鬼も腐った王家も、全部を灰にしてやる」

「なんだと!?」

「能が無いセリフだな」

 鼻で笑われ、将軍は怒りのあまり、上空の姫も忘れて斬りかかった。
 青年の黒い革ブーツが地面を蹴る。獣よりも俊敏な跳躍だ。漆黒の刃が一閃し、国で並ぶものはない騎士といわれた将軍の胴を、鎧ごとあっさり分断する。

「コイツ……に、人間じゃ、ない……」

 騎士の一人が震える手から剣を取り落とし、恐怖に喘いだ。
 小さな呻き声が、あっという間に仲間たちへと恐怖を伝染していく。司令官を失った騎士たちは悲鳴をあげ、崩れるように逃げ出した。
 青年は、逃げる者たちを執拗には追わなかった。果敢に退路を塞ごうとする者だけを倒し、混乱の極みにある広場から迅速に抜け出す。

 青年が広場の端に到達するころには、ハーピー少女も姫を抱えたまま、とっくに空のかなたへと消えていた。

 逃げ込んだ裏路地で、青年は血染めになった騎士のマントを脱ぎ捨てると、あらかじめ隠してあった暗緑色の外套をはおる。
 そしてふと、先ほど無名の騎士が発したセリフを思い出し、一人で低く笑った。

「―― そうだとも。人間なら、とっくに辞めた」



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