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白い波青い海
【その他 官能小説】

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白い波青い海-7

(4)


「いい詩ができましたか」
明くる日、ロビーで煙草を喫っていると主人が話しかけてきた。
「いや、それが、どうも……」
苦笑しつつ応え、煙を深く吸いこみ、吐き出した。

 私は自身に腹を立てていた。
(なぜ今朝に限って早く目覚めなかったのか)
早朝から浜に出てみようと考えていた。あの老人がいるかもしれないし、だとすれば女にも会える。
 だが起きたのは九時近くですでに朝の匂いも消えていた。もしやと思って浜に行ってみたが、茫々たる海原が広がっているばかりだった。

「お客さんのような方は珍しいですよ。詩を書きにこんな所に来るなんてね」
暇な時間なので主人はなかなか立ち去らない。煩わしくなって部屋に戻ろうと思い、ふと、
「此処に……」と主人に問いかけた。
「身体の不自由なおじいさんがいるのを知ってます?」
私はあえて女のことを避けた。
「身体の……もしかして、中気のですか?」
「ええ、そう」
「役場の先に木村さんて家があるんですが、そこの身内って聞きましたけど、よく知りませんが。どうかしましたか?」
「いえ、浜で見かけたものですから。此処の人じゃないんですか?」
「なんでも、昔ここで漁師をやってたらしいんですが、ずいぶん古い話でよくわかりませんが。何回か見かけましたよ。杖ついてふらふらして。その度に家の人が捜しに来てたようですけどね。最近見ないと思ったら浜に行ってたんですか」
「家の人が捜しに……」
「ええ。なんか若い娘が来てましたよ」
(あの女なのだろうか……)

 午後になると高鳴る期待を抱いて浜に向った。
風はやや治まったものの、大きな波のうねりは浜を削り取るほどに打ち寄せていた。遠く海上には不穏な薄黒い雲が千切れては流れている。天気は下り坂であった。

(あの女!)
石段を下りかけてすぐに早合点に気づいた。別の女であった。しかも一人ではない。私はいったん戻りかけて、煙草に火をつけると浜におりていった。
(来るかもしれない……)

 寝そべっていたのは男女二人ずつのグループである。私は差し障りのない距離をとって腰をおろし、ときおり石段の方を見やっていた。
 少しして、男の一人が卑猥な替え歌を歌い出した。女たちの笑いが混じって聞こえてくる。どうやら私にちょっかいを出しているつもりらしい。無視をしていると今度は小石が私の背中に当たった。女の抑えた笑いがいやらしく耳に障る。
(来るんじゃなかった……)
私は浜へ来たことを後悔しながら立ち上がった。同時に男たちも素早く立ちあがったのが横目に見えた。私が挑発に乗ったと思ったのか。
(そうはいくか……)
私は彼らに背を向けて歩き出した。とても付き合ってはいられない。

「おい」
男の声が聞こえたが構わず歩いた。走ってくる気配が迫った。
「待てよ」
「なんでシカとするんだよ」
「別に……」
「煙草切らしてるんだ。あるか?」
忌々しさを堪えながら煙草を渡した。

「おめえ、この土地の者ンじゃねえだろう」
男たちは言葉や雰囲気からおそらく東京辺りの者だ。石段の近くに東京ナンバーの車が停めてあったのを思い出した。
 チンピラでも少し頭の働く者は少人数で土地っ子を嬲ったりはしない。危険が大きいからだ。どうやら彼らは私を旅行者と見抜いてしまったようだ。

 男は煙草をもう一人に渡し、残りを女の方へ投げた。
「つまらねえ所だな、ここは。なんもねえ」
「だから下田がいいっていったじゃないさ。こんなとこまで来ちゃってさ」
女の一人が不貞腐れたように言った。
財布を持ってこなかったのを幸いと思いながら、こんなやり取りをしてはいられない。

「何か用なのか?」
苛々してつい口走ってしまった。
「なにい、この野郎。用なのかだと?」
とたんに男たちの目が殺気立った。
「誰に口きいてんだ。なめるんじゃねえぞ」
しまったと思ったがもう遅い。計略に乗るまいと注意していたのに切っ掛けを与えてしまった。
(これは、ヤラレル)
そう覚悟した時である。

「ほら!何をしてるのよ!」
その声はあの女であった。タオルを手に小走りに走ってくる。力が湧いたような気がした。
「なんだ、あの女……」
「いい体してんじゃねえか」
一人が言い、もう一方も薄笑いを浮かべて同じことを言った。
「やっちゃいなよ」
女たちがへらへら笑った。

「どうしたの?」
息を弾ませ、
「何かあったの?」
二人の男は私と女を交互に見やって、
「なんでえ、てめえのマブか?」
その一言で女は事態を察したようだった。大きく息を整えるとその口辺に不敵な笑みを浮かべ、次の瞬間、眉間に筋を刻んだ。
「マブだって?生意気な口をきくんじゃないよ!」
あまりにも強烈な調子であった。男たちは呆気にとられていたが、すぐに形相が変わった。
「なんだと、このアマ」
男がにじり寄った。いまにも手を出しそうな勢いを見て、私は反射的に男の肩を押した。
「よせ!」
「野郎!ジュクのユウジに手ェ出しやがったな。ただで済むと思うなよ」
とたんに女の目が凄みを帯びた。

「ジュクで鬼ごっこしてるのかい」
「なにい!」
「それなら傷の五郎さん知ってるだろ!」
男たちはたじろぎ、互いに顔を見合わせた。
「知らないのかい!坊や、モグリか。名前なんてんだい。五郎さんに話通しておこうか。ええ?」
平手打ちのような調子が追い打ちをかけた。
「それとも三国さんにシメテもらおうか」
彼らの闘争心が急激に萎えていくのがわかった。その目には怯えの色さえ窺えた。
 追い立てるまでもなく、四人は荷物をまとめ始めた。彼らが悄然と歩き出すと、
「この人に謝っていきなよ」
男たちは聞き取れない小さな声で何か言い、申し訳程度に頭を下げた。
「男と女はね、ままごとじゃないんだよ」
彼らは振り返らなかった。


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