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白い波青い海
【その他 官能小説】

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白い波青い海-11

(7)


 私が打ちのめされたのは、まだ寝床で起きぬけの煙草を喫い終えない時である。旅館の主人の口からは、あの老人の、そして女の死が伝えられたのだった。昨日の二人の最後の姿が浮かんだ。

「自殺みたいですよ。大騒ぎですよ」
「自殺……海で?」
「ええ、ご存じで」
「いや……」
何かに急きたてられるように、また、変にゆったりとした動作で身支度を整えた。
 荷物を持って階下に下りると朝食の匂いがたちこめていた。
「すいません、もうでます」
昨日のうちに主人には言っておいたのだが、こんなに早く立つとは思わなかったのだろう。名残りを惜しむ言葉がまとわりついた。

 旅館を後に、何度か女を見送った道を辿った。私の脳裏に搖らめくのは茫漠とした幻影のような不確かな『縁』だった。不確かではない。女とは全身で契りを交わした。……肉襞が癒着するほどに絡み合った。あれは夢幻だったのか。……


(木村)という表札を目にして、私は改めて自分の立場を考えた。弔問といっても誰に理解してもらえる『縁』だろう。
 ためらいが押し止めたが、このまま立ち去ることが出来ないのは明らかだった。

 見たところ通夜の準備などはまだ始まっていないようだった。死亡の状況からすると警察が介入している段階なのかもしれない。
 人の出入りがかなりあったようで、玄関の履物が乱雑だった。奥から話し声が聞こえた。

 声をかけると、出てきたのは四十がらみの、不機嫌な顔をした女だった。訝しげな目が私を舐め回した。
「何か?」
「突然、すみません……」
「どちらさま?」
「はい……」
眉根を寄せた気の強そうなあたりがあの女に似ているように思えた。そして私は訥々と言ったのだった。
『おじいさんと妹さんでしょうか……お気の毒なことでした』……。

 女の言葉は意外だった。
「妹?冗談じゃないですよ。どこからそんな……。妾ですよ、あれは」
私の角膜がはらりと剥がれて新しくなった。
「妾?……」
「何十年も好き勝手なことをして、あげくの果てが妾と心中して最期の尻拭いをさせるんだからね、まったく。みっともないったらありゃしない。−−お宅さんは?あの女の知り合い?」
「いえ、旅の者です。ちょっと浜でお話したことがあって」
「そうですか。せっかくですけどね。そういうことなんで、いま取り込んでるんですよ。うちは大恥ですよ。あの女、背中に観音様なんか彫っちゃって。罰当りのあばずれが」
女は私に吐き捨てるように言った。


 私はゆっくりと高台に向かって歩いていった。信じられない冷たい情念が渦を巻いて心を翻弄していた。
 何が、何が、と、問いかけが途切れて無闇に怒りが込み上げた。しかし、視界が開けるとその想いは果てしない大空に吸い込まれるように消えていった。
「わかっているぞ……」
私は声を出して呟いた。
 打ち寄せる波は目映いばかりに白く散っている。そしてそれに続く海は底知れない青さを放っていた。


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