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山だし
【その他 官能小説】

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山だし-11

(3)


 サトエとの関係が崩れ始めたのはそれから一年ほど経った頃からである。
原因は私にあった。女を知ったことで図に乗ってしまった……。一言でいえばそういうことになる。学内で知り合った同級生と遊ぶようになり、さらにアルバイト先でも年下の娘に次々と声をかけるようになって、露骨にホテルへ誘うことも平気になった。
 欲望に切りはない。新鮮な若い女に夢中になった。初心な娘を弄び、征服欲を満たし、優越感に浸る歓びに溺れてしまったのである。

 いつしかサトエが古ぼけて見えるようになって疎んじる気持ちが生じてきた。そうなると興味は薄れ、何気ない言葉までも鬱陶しくなってくる。
 一度待ち合わせをすっぽかすと、次も行きづらくなって、また約束を破り、嘘の言い訳が利かなくなって二か月が過ぎた。当然ながら『L』にも行かなかったわけで、
「あの店は飽きたよ」
仲間にはそう言って他の店に足を向けていた。

「里見、山だしがお前のこと気にしてたぞ」
ある時豊田に言われてどきっとした。久しぶりに『L』に寄ったという。
「なんて言ってた?」
「里見くんどうしてるって」
「それで?」
「彼女といろいろ忙しいみたいだよって言っておいたよ」
豊田はへらへらと笑って、
「山だし、お前に気があるんじゃないか?もてもてだな」

 まずいなと思った。そろそろ会いに行こうかと考えていたところだったのだ。もとより別れるつもりはなかった。それどころか、身勝手なもので、遠ざかってみるとサトエの熟れた肉体が恋しくなってきていた。彼女の悩殺的な技巧や、忘我の境へ行きつく道筋を心得た官能は若い娘にはないものである。何とか関係再開のきっかけを作ろうと思い始めていたのだった。

(俺の女だ……)
もう一年以上も付き合っている。互いの体の細部まで知っている仲だ。何より初体験はサトエなのだ。二か月くらいのブランクは何の支障になるものか。不遜な想いが私にはあった。
(理由は何とでもつけられる……)
何とか言いくるめて……。
 私は高をくくってサトエに会いにいくことにした。

 夜まで時間をつぶし、彼女の好きなシュークリームを手に、路地から部屋を見上げた。カーテン越しに明かりが洩れている。
(侘しい……)と感じたのは良心の呵責から生じた心の揺らめきだったかもしれない。
 明かりを見ていると初めての夜のことが思い出されて熱いものがこみ上げてくる。
(裏切っておいて、よくもそんな……)
虚しい自問を抱きながら階段を登る足取りは重かった。

 サトエの表情は不思議だった。怒っているのか、私を蔑んでいるのか、あるいは悲しみの色なのか、解釈のしようのない顔をしていた。
 顔を見せた後、ドアを開けたまま中へ引き込んだので、私は無言のまま靴を脱いだ。

「ずっと忙しくて……」
自分の言葉が寒々しく響く。サトエは膝を抱えて座り、横を向いていた。
「シュークリーム、食べない?」
テーブルに箱を置いてしばらく彼女を見下ろしていた。
「三年になると、就職のことでいろいろあって……」
唇を固く閉じた彼女の目は一点を見つめている。
「ごめんね……来られなくて……」

 座りながら煙草を取り出した。部屋の隅にある空き缶を取ろうとするとサトエが先に手を伸ばした。
「ありがとう……」
湿った感じの雰囲気が漂った。
 ケーキの箱を開けることにした。
「食べようか」
サトエは間を置いてから心持ち顎をしゃくって応えた。

 シュークリームを手渡すとあっさり受け取り、一口食べた。
「あたし、こういうの、慣れてるから……」
「こういうのって?」
「里見くん、あたし、信じてたんだ。こんなあたしでも……」
サトエは腕で顔を被った。返す言葉がなかった。
「サトエさん……」
「心配しないでいいよ。追っかけたりしないから。学生だよ、君は……」
涙を腕で拭うと洟をすすり、呟いた。
「ブスのくせに持ち物は一人前……」
「え?」
「誰だったか、言われたのよ……」
「俺は本当にサトエさんが好きだった」
「過去形になっちゃった?」
「いや、今だって……」
「里見くんは若いんだから、若い相手が似合うと思うよ。意地悪じゃなくてほんとにそう思う」
強い口調ではないのに、私は少しずつ圧されているように感じていた。

「あたしね、寒河江で六回見合いしたの」
サトエは食べかけのシュークリームをテーブルに置くといったん溜息をついた。
 六人のうち、断りがきたのは一人だけで、五人は付き合いたいと言ってきた。全員がすぐに体を求めてきた。
「あたしは結婚が前提のお付き合いだと思ったから……」
言われるまま体を許した。
「だけど、結婚する気なんてなかったのよ、みんな……」
 私は俯いて何も言えなかった。この夜、サトエを訪ねたのはなぜか。目的は何か。問われたら何も言えない。だが彼女を愛しく想っていたのも嘘ではない。それはしかし、今となっては言い訳のように思えてとても口には出せなかった。

「里見くんが誠実なのはわかってるよ」
心を見透かされたようではっとした。
「何だか何もかも嫌になって東京に出てきたの」
 キャバレーに勤めたのは金のためでもあったが、ちょっと自棄になっていたからだと言った。
「真面目そうなサラリーマンが交際を申し込んできて……」
聞き流していたところ、店が引けると外で待っていた。雨の寒い夜。
「ちょっとぐっときちゃってね。でも、結局、目当ては体。そりゃそうよね。キャバレーだもん。あたし、田舎者だから……」
やがてそんな生活を知った叔父がやってきて、『L』に勤めるようになったのだという。


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