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坂を登りて
【その他 官能小説】

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後編-3

 小夜子は立っていって外の明かりを落とすと、出入り口に鍵をかけた。振り向くと中根は訝しげな顔をして立ち尽くしている。
 近寄って小夜子は笑いかけた。手を取り、
「先生、上がって……」

 調理場の横を抜けて奥の間に導いた。なぜそんな気になったのか、自分でももやっとしていてよくわからなかった。

 小夜子は自ら口づけをして、脱いだ。
「先生、きて……」
中根は小夜子の豊かな胸に顔を埋めて感動の声をあげて泣いた。
「小夜子、好きだ、小夜子……」
何度も口走った。むしゃぶりついてくる頭を抱えながら小夜子はその度に、
「うん、うん、ありがとう」と応えた。

 久しぶりのセックスに小夜子は全身を熱くした。彼の純な気持ちを受け入れるつもりが、途中から積極的になり、中根が押し入ろうとするのを制して上になると真上から沈み込んでいった。確かな挿入感がめらめらとひろがっていく。上下する度に燃える感覚が局部に充溢する。
「小夜子!」
中根が極まってきて小夜子を抱き寄せようとする。その手を押さえて上体を起こした。男の力でしがみつかれて突き上げられたらとっさに抜きづらい。その様子から間もなく果てそうだった。堕胎した時の悲しみと虚しさは忘れられない。
 自分が気をやるのは無理と思い、ぐっと身を反って中根を締めつけた。
「う!」
中根の強張った体を感じて素早く腰を上げた。直後、中根の情念が噴いた。
 終わってから中根は一言も口を利かなかった。帰る時に恥ずかしそうに顔を上げると、
「ありがとう……」
そう言って頭を下げた。

 中根はその夜以降も変わらず店に来てくれたが、それまでより早めに帰るようになった。早めに、というのは単に時間だけのことではない。最後の客にならないように配慮しているように小夜子には思えた。気を遣っているのだ。……
(礼節を守っている……)
大袈裟かもしれないがそんな風に感じた。
 成り行きで体を許したことで、もし中根が物欲しそうに踏み込んできたとしたら、小夜子は毅然と拒絶したかもしれない。一度肌を合わせただけで自分の所有物と勘違いして不遜な振る舞いをみせる男がいるものだ。
 中根の本心はわからない。見栄を張って無理をしていただけなのかもしれない。だが、小夜子にはそうは見えなかった。思惑の意識があればどこかで目の動きや素振りに現われるものである。気配りや抑制は意識的かもしれないが、少なくとも中根の言動には真摯な善意が感じられたのである。

 二か月ほどした日曜日の午前中、中根に電話をかけた。
「お暇だったら来ませんか?」
その日が定休日なのは彼も知っている。
「暇ですよ。暇です」
 十五分も経たないうちにけたたましい自転車のブレーキが聴こえて中根が飛び込んできた。肩で息をしながら目をぱちくりさせた。小夜子はその様子を見て可笑しくなってしまった。
(生真面目なんだな……)
その点では欲情して電話をかけた自分の方が不純である。
 沸かしておいた風呂をすすめると、中根は呟くように、
「洗ってはきたんだが……」
風呂に入る時間はないはずだ。大慌てで股間を洗っている姿を想像して思わず噴き出しそうになった。
「どこを?」
小夜子はくすっと笑って、
「いいじゃないですか。入ってさっぱりしてください」

 中根はあくまで謙虚であった。というより、齢の割りに慣れていない。女遊びなどしてこなかったのかもしれない。大切なものを押し戴くように小夜子を愛撫した。何もかもがもどかしくて、それは場合によっては性感が高まっていく過程に必要なこともあるが、なにしろ技巧が拙いので小夜子はなかなか昇っていけない。平石の濃厚なセックスで花開いた彼女には物足りない。

「先生……」
小夜子は乳房に頬を擦り寄せている中根の頭に手を当てて、
「ねえ、舐めて……」
そのまま押し下げて秘部に導き、脚を絡めた。直接敏感な部分に刺激を受けて達したいと思った。
「うう……小夜子……」
中根が秘唇に触れたのは初めてである。前回は指でまさぐることもなかった。そんな余裕もなかったのだろう。
 
 小夜子の秘裂に感激したのか、中根は顔を埋め込むほどに押しつけてきて舐め回した。まるで犬みたいだ。
 やがて辿る道筋が見えた。折しも硬くなって感度が増した箇所に舌が当たった。
「もっと、そこお願い……」
ついせがんで腰を迫り上げる。中根の舌も合わせて小刻みに回転した。とにかく早く昇りたかった。
「あう……」
(イク……)
やがて波が打ち寄せて砕け散った。身を震わせ、中根の顔を脚で挟みつけて突っ張った。

 吹き荒れた快感が遠ざかっていき、うっすら目を開けると中根が自身を掴んでにじり寄ってきた。
「先生……」
用意しておいた避妊具を手渡した。
 迎え入れて、中根はすぐに切迫した形相で激しく動く。小夜子の体の火照りはまだ燃える状態である。追いかけようと気を入れたのだが小さな頂を越えたに留まった。
「今日はお休みだから、ゆっくりして」
 その後、ビールを飲み、時間を置いた二度目は不完全で、重なったものの芯が抜けた感触で生ぬるい摩擦しか伝わってこなかった。
(やっぱり齢だものね……)
「また電話しますね……」
小夜子が言うと、中根はこの間のように恥ずかしそうに笑って。
「ありがとう。待ってるよ……」
自転車にまたがるとゆっくり走りだした。


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