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坂を登りて
【その他 官能小説】

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前編-11

 接客をこなしながら、小夜子は店を辞めるつもりでいた。恥ずかしいことをしていた後悔が渦巻いて胸が萎むように痛んだ。
(調子に乗っていた……)
平石の言葉で目が覚めてみると自分はとんでもないことをしていた。……

 洗い物を済ませて着替えると、板場に挨拶に行った。平石は包丁を研ぎながら顔を上げずに、
「お疲れさん」と応えた。
小夜子は行きかけて振り向き、
「お世話になりました……」
そのまま急いで店を出た。

 駅に向かって歩いていると後ろからひたひたと早い足音がした。平石だった。
「駅で待ってろよ。すぐ行くから」
小夜子は胸が熱くなって声をあげて泣き出した。
「ごめんなさい……あたし……あたし……」
平石は小夜子を抱きしめて黙って背中をやさしく叩いた。

 その夜、小夜子は平石に抱かれて失神した。知らない世界の目映い空の彼方に吹き上げられた夢を見た。いや、夢ではなく、確かに天空を舞った。
 目覚めると平石のアパートにいた。彼は優しく口づけをして小夜子の髪を撫でた。
「前から好きだったんだ……」と囁いた。煙草とかすかな汗の混じった男の匂いがした。
 平石は小夜子が何をしていたのか、一切訊くことはなかった。ただ、店を持ちたくてお金を貯めていると言うと、
「地道に貯めないと気持ちがいい加減になるよ」
それだけ言った。

 平石によって小夜子の『女』は完全に開花したといっていい。これまでの絶頂が何だったのかと思われるほど全身の性感が叫びながら襲いかかってくるようだった。
 濃厚な口づけを交わすと、平石は体を通り過ぎて足指を柔らかく咥え、指の間にくまなく舌を這わせてくる。ぞくっとして、もどかしい快感がじわじわと伝わって秘部は愛に満ちてくる。
 気がつくと喘ぎを洩らしている。舌先はゆっくり上へと移っていく。性急には動かない。行きつ戻りつしながら丹念に這い、時に吸い、両足への愛撫が終わる頃には力が抜けてしまっている。
 導かれてうつ伏せになる。今度は内腿から始まる。ふだん閉じられている裏口まで攻め入ってくる。小夜子の両手は敷布を掴んで堪えても声が洩れてじまう。
「ううっ……」
蕾に触れられて逆海老に反り、反射的に尻を閉じると彼の手がやんわりと入ってきてふたたび開かれる。小夜子のすべてを愛している。……

「ああっ、だめ……」
本当にだめなのに、舌は動き続け、そのまま横向きにされて脚を開かされる。秘部が晒され、秘部でなくなり、平石のものになる。
(ああ……濡れてる……)
周辺はぐっしょりである。
 一呼吸置いて、花園に唇が埋め込まれる。
「ああ!もう!」
体が震えてきて、弾んで、一気に昇る。平石の舌は蠢き、快感がつぎつぎと押し寄せてくる。小さな山を立て続けに越えたと思ったらすかさず仰向けにされて乳首を呑むように吸われる。
「いいっ!」
待ち望んでいた乳房からの痺れが走ってそれだけで昇ってしまう。頭の中が霞がかかったように朦朧となって平石にしがみつく。貫かれるのはその時だ。
「あうう!」
激しくもあり、やさしくもあり、硬い『彼』が突き抜けるように入ってくる。
 小夜子の記憶はたいていその辺で飛んでいる。快感に翻弄されたのは憶えている。その後がよくわからない。朝まで眠ってしまうこともあったし、少しして気がつくと平石がうつ伏せで煙草を喫っていることもある。そんな時、彼の背中に腕を回して甘える。でも、結局そのまま眠ってしまうのだ。

 この人は信頼できると確信したのは彼との底知れないセックスを知ってからである。むろん、技巧云々の話ではない。肌を合わせて伝わってくる思いやり、やさしさ、温かさを感じたのである。平石は欲望に任せて求めたり、乱暴な情欲は見せなかった。むしろ小夜子の方から甘えることがほとんどで、彼はいつでも微笑みで包んでくれるのだった。

(女を大切にしてくれる人だ……)そう思った。
「一緒に住まないか?」と言われた時、小夜子は嬉しくて泣いてしまった。すぐにでも移りたいところだったが、やはり親には了解を得ておきたいと思って、まず下の兄を訪ねて話をした。
「好きな人がいるの……」
言いながら胸が詰まって言葉が出てこない。その様子を見て兄は頷くだけで何も言わなかった。

 そのわずか二日後のことである。昼に出勤すると店内は異様な慌ただしさの中にあった。開店前なのに知らない男の人が何人もいる。
「何かあったの?」
話し込む同僚の輪の中に問いかけた小夜子は卒倒して誰かの腕に抱えられた。
『平石が昨夜ヤクザ風の男たちに絡まれて刺された……』
『今朝、死んだ……』
その言葉が薄れる意識の中で響き渡った。

 不思議と涙が出なかった。衝撃の大きさに対応できなかったのかもしれない。平石の親、兄弟が北海道から出てきて、小夜子は初めて出身地を知った。
 何をしていたのか思い出せないまま一週間が過ぎた。警察が来たり、遺族を火葬場に連れていったりと経営者は疲れ切っていた。遠方なのでお骨にして、帰ってから葬儀をするらしかった。
 両親が挨拶に来た時、小夜子はたまたま近くで仕事をしていた。父親の話が聞こえた。
「この間、あいつから電話があったばかりでした。結婚したい相手がいるから今度連れていくって。将来一緒に店をやるって言ってました」
どんな人なのか知りませんかと訊かれて経営者は首をひねっていた。
 小夜子はそっと外に出ると走りながら泣いた。名乗り出たって仕方がない。両親だって困るにいがいない。公園の片隅に身を隠すとうずくまって嗚咽をかみ殺した。


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