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栗花晩景
【その他 官能小説】

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山河独歩-7

 翌日、私は母校を訪れた。校舎はほとんど新しくなっていて当時の面影はない。校門まで変わっていた。しばらく立ち尽くしていたのは唯一残っていた体育館の前である。
(入学式、卒業式……美紗……)
あの日には戻れない。

 名簿を購入したのは感傷に他ならないと思う。誰かに連絡をとるつもりもなかった。ただ、その中に何かしらしみじみと胸を浸すものが隠されているようなひそかな期待感はあった。
 数千人が記載された分厚い名簿であったが、内容は不完全で、いくつもの空欄が目立つ。私の住所は実家になっていたが、今では使われていない旧い住居表示になっていた。たいした確認調査もしていないようだった。

 中野美紗……。名前の下に括弧でとじられて新しい姓が記されてある。住所は都内の下町になっている。
(幸せに暮らしているだろうか……)
彼女の名前を見つめながら、実家の机の引出しに仕舞い込まれたあの時のジーパンと下着を思い出した。そして片方だけの靴下……。処分しようと思いながらそのままにしていた。彼女のためにも棄てなければ……。

 細谷は旧姓のままになっているがどこまで確認がとれているのかわからない。駅から遠かったと言っていたその住所のすぐ近くを今は新しい鉄道が通っている。ふくよかな笑顔しか浮かんでこない。
 古賀と小暮の住所は空欄である。名簿の記載は学年ごとに五十音順になっている。思い出せない同期生が何人もいる。同じクラスでさえ、誰だ?と思うやつもいる。記憶に刻まれたということは自分の人生に何かしらの作用を働いたということだろう。

 名簿は文字の羅列にすぎないと思った。懐かしさは込み上げてこない。新たな思い出を想起させるものは何もなかった。

 マンションに戻ると由美子から留守電が入っていた。
『由美子です……元気ですか?……電話してごめんなさい……いつでも待ってます……』
携帯にも二度着信があった。これまで彼女から電話をしてくることはなかった。
 二か月近く無沙汰である。淋しさを募らせているにちがいない。寂しさは私も感じていた。しかし、ずるずると一日二日と日を送っていた。心の奥に意地の悪い感情がある。
 会う度に奔放になっていく由美子。一人で絶頂を極めるまでに開花したことに苛立ちを覚えていたように思う。衰えを隠せない私を見つめるもう一人の自分がいた。


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