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栗花晩景
【その他 官能小説】

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秋霖-4

 由美子に向かって一歩近づいた切っ掛けは、偶然次兄が一晩留守になることを知ったからである。たまたま長兄と次兄の会話を耳にして、商店会の慰安旅行に次兄が参加するという。酒の席の集まりは長兄が出席するものと決まっているのだが、外せない仕事が入ったらしく次兄に代理を頼んでいたのである。彼がもっとも敬遠する酒浸りの旅行である。だが立場上その代役をつとめるのは次兄しかいない。
 その日程を知った時、私は迷うことなく由美子との接触を考え始めていた。

 胸の内にさざ波が立って、ひたひたと煽るように寄せ返す。押しとどめる気持ちも一方にあるものの、壁は崩れた。こんな機会は滅多にない。

(何か口実はないか……)
 初めは当日のコンサートのチケットをそっと手渡して誘ってみようかと考えた。
(友達が急に行けなくなったからもらったんです……)
素直に喜んで一緒に行くだろうか。
(恵子はあまりクラシックは興味がないから、それに子供がいるし……だから……)

 不自然だ。次兄が留守の日に誘って二人で出掛けるなど、あとからどう思われるか。思われたとしても、それだけで終わっては意味がない。この機会を逃せばまたいつ巡ってくるかわからない。

 私は前後の見境を失いつつあった。何をしようとしているのか、理解しているつもりでいながら理性は遠のいていった。
 強引な気持ちが膨らんでいく背景には由美子への甘えがあったと思う。
(彼女なら口外はしない……)
いつか抱きついた時だってそうだ。何かしても告げ口したりはしないだろう。それには中途半端なことはだめだ。義兄にも誰にも言えないような行為、少なくとも次の機会に余韻を残すことを仕掛けるほうが効果的だ。……

 あれこれ考えた末、やはりチケットを利用することにした。誘い出すのは無理がある。私と一緒に行くのではなく、ふだん世話になっているお礼として二人へのプレゼントの形にする。それなら問題ない。訪問の理由としておかしなところはない。外へ誘い出すのではなく中へ入るのだ。由美子なら玄関の立ち話で私を帰すことはしない。……
 音楽のことはわからない。音楽誌を調べて来日中のピアニストを選び、惑いつつ由美子の元を訪れた。


 ドアを開けた時の彼女の表情をどう解釈したらいいのだろう。眼差しにはかすかな戸惑い、なぜ?という複雑な光りが瞬いたように見えた。わずかに澱んだ口辺の笑みは、何とか義弟の訪問を受け止めるやさしさであったろうか。ただ、警戒の色はない。

「突然、すみません」
私は来意を告げてチケットを差し出した。
「いつも義姉さんにはお世話になってるから、お二人でどうかと思って」
じっと見上げる彼女の目が射るように真っすぐで、心を見透かされるような気がして視線を逸らせた。
「今日、主人、留守なの」
「知ってます。商店会の旅行だって……」
やり取りがぎこちない。
「今日は義姉さんにと思って……義兄さんによろしく……」
帰りかけた。
「待って。こんなプレゼント、びっくりした。よかったらお茶でもどう?」
微妙な笑顔であった。が、救われたと思った。同時に腹が決まった。

 由美子としては義姉としての立場からの言葉だったのだろうが、その気持ちを踏みにじることになっても多少の無理は辞さない覚悟になった。
 事と次第によっては自分の家庭だけでなく、次兄夫婦の関係、仕事、多くのものを失い、崩壊させるかもしれない。恐ろしいのは劣情。だがその時、瞬時に思いは回らない。



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