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栗花晩景
【その他 官能小説】

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風花-8

 結婚以来ずっと気になっていることがある。子供が眠りについたひととき、酒を片手に、ふと訊いてみたくなることがある。あの日、私に電話をかけてきたのはなぜ?……
 それは恵子からの初めての電話。いったいどんな心境だったのか。なぜ自分に……。知りたいと思っていた。なぜなら、そのたった一度の電話で私たちは結ばれたのだから。それまで個人的な付き合いはまったくなかった。付き合いどころか歯牙にもかけてくれなかったといったほうがいいか。

「初めてのデートね」と彼女は言った。
その夜に関係を持ち、妊娠、就職、結婚、出産。思えばあっという間に人生の『大事』が進行していった。これほど性急な事の運びは偶然なのだろうか。そう思ってしまう。ひょっとして、妊娠、結婚は恵子のシナリオだったのではないか?ならば、なぜ私を選んだのか。そこへ帰趨する。

 前ぶれもなく舞い込んだ招待状が改めて時の経過を認識させた。結婚して三年余の月日が思い出され、育児や家事に追われながら明るく振る舞う恵子がいま目の前にいる。
(もう、よそう……)
どうでもいいことなのだと気持ちが収束するのに時間はかからなかった。
 意味のないことだ。確かめてみたところで何も生み出すものではなく、むしろどんな訊き方をしても彼女の琴線に触れることにもなりかねない。紆余曲折があって、
(恵子は私を選んでくれた……)
その事実だけでいい。きっといくつかの季節を通り過ぎていくうちに、心も変わり、彼女の中で私の存在が浮かび上がってきたのだろう。
(それでいい……)
何より、二人は一緒にいるのである。そして子供も。それで十分だと思った。


 性的昂奮は感情の発露であり、その気持ちの昂揚は脳に起因するようである。余裕があって相手とともに高まりたい時はゆったり昇っていくように制御を働かせることもあれば、抑制が利かなくなって闇雲に突進してしまうこともある。
 旅館での恵子はこれまで見せたことのない一面を私にぶつけてきた。それは胸が締めつけられるほど愛らしく、妖しく、そして悲惨だった。

 純和風のその旅館は、さながら大名屋敷のようだった。すべて離れになっていて、広大な敷地の中に地形を生かし、それぞれ異なった趣をもって配置されていた。
 座敷が八畳と六畳、他に寝室と板敷の間もある。寝室にはすでに膨らみきった寝具が整えられてあった。風呂も内風呂と露天がついている。

「すごい。縁側だけでうちの一部屋ぶんあるわ」
居間からは落ち着いた佇まいの日本庭園が見渡せる。
「この布団、埋もれちゃいそう」
 仲居が辞したあと、檜の内風呂をのぞいた恵子は私の首に抱きついてきて一緒にはいろうと甘えた。
「一緒に入ったことなかったね」
「うん、うちのじゃ狭いから」
「ホテルだって……」
たしかに別々に入っていた。
「入りたかった?」
「あとから来るかなって、いつも思ってた」
「言えばよかったのに」
「恥ずかしいわ、そんなの」
「一緒に入るのは恥ずかしくないの?」
「恥ずかしいけど、出たあと部屋に行くのも勇気がいるのよ」
バスタオルを胸に巻いてそそくさとベッドにもぐり込む姿を思い出した。 


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