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栗花晩景
【その他 官能小説】

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風花-5

 ある時、注意深く観察してみた。
蕩けるほどに濃密に、虫のごとく恵子の体を愛撫して巡った。執拗なまでに唇と掌を駆使した。
「ああ……だめ……だめ……」
熱い息を洩らし続ける恵子は恍惚の世界をさまよっているように見える。しかし、ある段階から上昇が進まない。滞っているように感じる。潤いはあるものの溢れるには至っていない。
 これまで気に留めることもなかったが、もっと、
(濡れてもいい……)
そう思うようになった。

 秘部に口づける。
「感じる」と喘ぐ。
なおも続けると、
「いい気持ち……」
吐息まじりに言う。
 一体となって動き始め、恵子の脚が絡んでくる。
「ああ……あなた……」
速めると合わせて体が波打つ。
「恵子」
私は腰を突きながら胸を揉みあげ乳首を摘まみ、刺激を与え続けた。恵子の腰が煽ってくる。
「恵子!いくよ!」
「うん!」
「一緒に」
「うん!」
「うう!」
突っ張ったあと、どっと噴き出した。恵子も合わせて声を上げ、汗ばんだ胸を揺らせて息を弾ませた。

「すてきよ……」
私を見つめる微笑みは柔らかい。
(やはり……)
意識が飛ぶことはないし、何より抱いた体からは微かな痙攣も伝わってこない。

 絶頂へ誘う言葉をかけたのは初めてのことである。昂まりの中で交わす言葉が性的昂奮を高めることは過去に経験がある。あらぬことを口走ることもあれば、相手を呼び込んで共に突き進む意図で卑猥な語彙を口にすることもある。
 最高潮に近づいたことは息遣いや動きでわかる。そこに言葉が加わって感情に噴出が起こり、相乗的に歓喜の頂に向かっていくのである。
 弥生は絞り出すように「イク!」と言ったし、晴香は「もうだめ!」と断末魔の呻きをあげた。そして直後、二人とも全身の手ごたえがあった。

 それを目指して導いてみたのだが、やはり燃焼し切れない想いが残った。恵子の顔に不満の色は見えない。いつも通り、火照った体を押しつけて甘えてくる。
 それぞれ個人差はある。
(恵子の頂点はこうなのか?)
いや、ちがう。昇る高さに差があったとしても断崖から一気に舞い降りる刹那の反応は根本的に同じだ。

 小さな困惑が少しずつ拡がっていく。彼女の顔は幸福感に満ちているように見えるが、肉体は弾けきっていないはずだ。
(恵子の本心は……)
確認はできない。もし彼女がそれで満足しているとしても、私には躍動感が不満であった。なぜなら、相互が達してこそ心身の歓びを分かち合えるものだと思うからだ。

 自分がまだ未熟なのかもしれない。到達点まで導いていないということも考えられる。その一方で恵子の心に疑念を持った。彼女の深層に何かわだかまりがあるのではないかと考えたのである。
 セックスには精神的な要素が影響を及ぼすという。もしも気持ちの中に常に引っかかるものがあったとしたら、それが原因で溶け合うことが出来ず、生理的な障壁に阻まれているのだとしたら……。

 浮かんできたのは晴香と弥生である。私が二人と深い関係にあったことは恵子も知っている。二人とも彼女の友人だったのだ。もし私を受け入れるたびに彼女たちとの行為を想像しているとしたら、それは払拭できない障害になりはしないだろうか。さらに記憶の片隅にいる今泉を思い出すと私は息苦しくなってくる。あいつがまだ恵子の心にいるのだろうか。私と結ばれながら面影をよぎらせているのではないか。妄想を拡げるとじめじめと嫉妬が沁み渡っていく。

 恵子が過去に何人の男と関係があったのか、それはわからない。知りたくもない。その気持ちの在り方は確かなつもりだったが、今泉の記憶を手繰り寄せてしまったのは辛かった。よく知っている男だけに鮮明な姿が私を悩ませた。
 あの唇が何度妻の肌に吸いついたのか。あの手や指がどこを弄ったのか。そして……。やるせない想いは妻を抱いた時に強く私を苛むのだった。皮肉なことにその切ない嫉妬心は時に欲情を高め、激しい行為につながったりもする。だからこそ妻の反応がもどかしくもある。

 子供が二歳になる少し前のある夜、ソファに寝そべってテレビを観ていると恵子がいきなり重なってきて唇を合わせてきた。積み木遊びをしていた子供がきょとんと見ている。
口を離しても恵子は笑いながら私に乗ったままぐいぐいと下半身を押しつけてくる。
「見てるよ」
「いいわよ。いいでしょ?夫婦なんだもの」
子供が近寄ってくるとようやく身を起して、
「やきもち妬いたかしら」
恵子の膝に納まって神妙な顔をしている。
「何か感じたのかしら」
「どうかな。黙ってる」
「ねえ……」
恵子は少し口を尖らせて、
「旅行行かない?」
「旅行?」
「新婚旅行も行ってないし、どこか行きたい。子供は母が預かってくれるって言うの」
嬉しそうに話す。
「預かってもらうんじゃ遠くへは行けないな」
「どこでもいいの。あなたとなら。……恥ずかしいこと言っちゃった」
恵子はくすくす笑いながら、
「どこにしよう、どこにしよう」
両膝をはね上げては子供をくすぐった。



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