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美しき姦婦たち
【その他 官能小説】

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三十八歳熟女滴る-3

(17)

 しばらくしてシャワーが止まって扉が開き、真希子の声がした。
「ドライヤー借りるわね」
「ああ、どうぞ」
返事をして間もなく送風の音が聴こえてきて、彼は彼女の裸体を意識した。扉が開いて着替える間はなかった。そのままドライヤーを使っている。
(いま全裸だ……)
 これまでにない強い意識であった。

「気持ちよかったわ。体が軽くなったみたい」
まだ髪は乾き切っていないようで黒く光っている。
「ビール飲もうか」
「そうね。喉渇いた」
椅子に座ると真希子は息をついた。

 グラスを合わせてひと心地つく。坂崎の煙草の煙が二人の間に靄となり、エアコンの風に流されてゆく。

「義兄さん、お姉ちゃんと最後に話したのはいつだった?」
真希子の話が始まった。
「死ぬ、三日前。あとは衰弱して反応がなかった」
「その時、何か言ってた?」
「弱くてごめんねって謝ってたな。それだけ言うと、目を閉じて……」
「そう……」
真希子は言葉を切り、ビールを一口飲んでから俯き加減のまま口を開いた。

「あたしが話をしたのは一か月くらい前。あたし一人で行った時」
「ああ、俺は会えなかったけど、メヒカリの干物をもらった時かな」
「昼間だったからね。義兄さん仕事で……」
東京の病院だったので見舞いも半日がかりになってしまう。そうそう頻繁には来られなかった。
「大変だからもう来なくていいよって言ってね。その時、頼みを聞いてほしいって言われたの」
 坂崎は黙って煙草をくゆらせていた。自分にではなく、真希子に頼み事をしたことに口を挟めないものを感じた。

「はっきり言いますね。お姉ちゃん、涙を流しながら言ったの。悠介さんの子供を産んでくれないかって……」
「!……」
後頭部に痛みのような感覚が走った。
「わがままだとは思うけど、自分の血を引いた子供を悠介さんに抱いてほしい……そう言われたの」
真希子は伏せていた顔を上げた。
「信じられないでしょう?」
「……それは……」
「あたしだってそうだった。精神的に弱ってるのかなって」
「……」
「自分が死んだら義兄さんは自由なのにそんなこと言って……」
坂崎は黙っていた。

「でもね、お姉ちゃん、義兄さんを縛りつけるつもりで言ったんじゃないのよ。無茶な話だから、合意がなければいけないし、それに何年か経って悠介さんが再婚するようなら忘れてほしいって言ったわ。だからずっと黙っていたんだけど」
「陽子がそんなことを……」
「ええ。あたし言わないでいようと思ってた。でも、急に気持ちが変わってきて……」
真希子は口をつぐんで目を落とした。

 陽子がそれほどまで子供を持つことに固執していたとは考えなかった。男と女の違いと言ってしまえば簡単だが、とても哀しいことだった。
 それにしても子供を『持つ』というのは正しくない。陽子は死を覚悟していたのだから、坂崎の子供を残すというべきか。
(代理出産のようなものだ……)
言葉が見つからず無闇に煙草をふかした。

 ふと、美緒の言ったことが脳裏に滲み出てきて、彼の頭はぎこちなく思索に動き出した。
『ママは伯父さんのこと、好きなんだもん』……
(代理……ではない?……)
 ひょっとして陽子はそれを感じ取っていたのではないか。妹が自分の夫に好意を寄せていることを。……
 そう考えると突飛な依頼にも細々ながら筋が通る。

 彼の気持ち次第だと含ませていながら、相手となる真希子への配慮が希薄なのは理不尽なことだ。女が出産するということは大変なことなのだ。ましてや自分の夫の子供を産んでくれという。真希子の人生を変えてしまうことにもなる重大なことなのだ。それでもなお陽子が死を予期した中で頼んだのは、真希子の想いがわかっていたからだとも思えてくる。
(妹はきっと夫への想いを秘めている……)
その確信があったからこその間際の願い事だったのかもしれない。

 さらに穿って考えれば、この話は坂崎に寄せた情念をも含めてのものではないかという気もする。
 音もなく近づく自分の死を見つめ、為す術のないどん底の境地であとに残る夫を想う時、燃えるような嫉妬が沸き起こったとしても不思議ではない。それならば、
(赤の他人に渡したくない……)
辛苦の想いが募ってきた。
ならば実の妹に……。
(自惚れ過ぎか……)
どうであろうと確認しようのないことではある。


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