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美しき姦婦たち
【その他 官能小説】

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三十八歳熟女滴る-2

(16)

 じっと待っているのは却ってせわしなく落ちつかないものである。相手が義妹の真希子という初めての状況設定なのだから無理もない。その上、彼女からもたらされるものが不可解なだけによけい不安定な心情になっている。

(陽子についての話……)
わざわざ会いにきて直接話したいという。そして妻のいないこの家に一泊する。自然なようで自然ではない。そしてここは彼女の二人の娘を抱いた所だ。揺れる想いはそんなことが複雑に絡み合って起こっている。

 黄昏の時の流れは速く、コツコツと真希子の足音を連れてきた。坂崎は煙草を揉み消して立ち上がった。

 真希子は肩に旅行バッグ、両手にスーパーの袋を提げて汗びっしょりでやってきた。
「涼しくなったっていってもまだ八月ね」
満杯の袋をテーブルに置くと一休みもせずにエプロンをつけた。
「少しやすんでからにしたら?」
「ありがとう。とにかく済ませちゃう。あとでゆっくりさせてもらうから。お酒も飲もうね」
坂崎が出した麦茶を一口だけ飲んでキッチンに向かった。

 坂崎が仄かなときめきを覚えたのは真希子の顔の色具合である。頬から耳、項まで紅潮している。残暑の中を荷物を持って歩いてきたのだから顔が火照っても当然であるが、彼にはそれとは異質のものが感じられた。
(昂ぶっている?……)
艶めかしさ、恥じらい。汗の滲む肌からそんな要素が漂ってきたのだった。

「何か手伝おうか」
「いいのよ。座ってて。お酒でも飲んでて。義兄さんいつもビールでしたっけ。ワイン買ってきたの。安物だけど」
「それは食事の時にしよう。ビールでも飲んでるか」
「そうして。遅くなって悪いから」
真希子は手を休めず、野菜を刻み、フライパンと鍋を同時進行で火にかけた。
(意外と手際がいい)
実家で会う時はいつも陽子や義母に任せきりでテレビの前に座り込んでいる印象しかなかったので感心しながらてきぱきと動く姿を眺めていた。

「なかなかいい手つきだね」
「いやだ、見てないで。緊張しちゃう」
 真希子を見ているうちに彼の心にほのぼのとした想いが流れてきた。彼女の動きは決してたおやかとはいえない。料理を作りながら運動をしているような活発さがある。その生き生きと立ち働く姿がむしろ彼の内で女らしさと結びついた。久しく見なかったキッチンに立つ『女』。彩香が朝食を作ったことはあったが、やはりそこに溶け合う雰囲気ではない。
(大人の女の後姿……)
陽子の面影が浮かび、振り向いた真希子の笑顔がそれを消し去った。

「おまちどうさま。できました」
サーモンのムニエルにきのこと野菜の炒め物。ホタテとむきエビはオリーブオイルで和えたもののようだ。それにサラダと煮しめたゴボウにはアーモンドのスライスがふりかけてある。

「すごいね。あっという間って感じだ」
「手抜き。簡単料理。味はわかりません。お姉ちゃんみたいにはいかないけど、そこは我慢してください」
「美味そうだ。彩香ちゃんも朝飯作ってくれたんだ。真希ちゃんのしつけがいいのかな」
「あの子、そんなことしたの」
「うん。朝起きたら作ってあったよ。家でも作るんだって?」
「ええ。美緒はやらないけど、彩香は好きみたい」
彩香の顔がちらついた。

 ワインのグラスを合わせて口をつけようとして、
「あ、いけない」
真希子は立っていってバッグから小さな花束を取り出した。
「お姉ちゃんのこと、すっかり忘れてた。お線香あげさせて。何か活けるものあるかしら」
 仏壇はない。和室の棚に位牌と遺影を安置してある。
「短く切ってもらったの。かすみ草。お姉ちゃんが好きだった」
「そう……」
坂崎は知らなかった。もしかしたら陽子から聞かされたことがあったのかもしれない。記憶にはない。
「生け花でよく使うでしょう。地味だけどふわっとメインを盛り上げて。そういうところが好きなんだって」
「ふうん……」
「これだけだと彩りが味気ないけど、お姉ちゃん、シンプルな方が好きだったからいいわね」
真希子は目を閉じて手を合わせ、しばらく俯いていた。

 改めて乾杯して交わすとりとめのない会話がとても楽しかった。彼女が醸し出す雰囲気はしっとりと落ち着いていて対等に向き合えるのがよかった。
(大人の真希子……)
姪たちにはない存在感が二人の空間を支えている気がした。

 話の途中、陽子の思い出話に移って、彼は真希子の『話』を待った。だがそのまま食事が終わり、彼女は後片付けを始めた。
「先に片付けるわ」
話はそれから、という意味だと解釈した。
「いつも外食なの?」
「いや、そんなこともないけど」
「作ってくれる人、いないの?」
「いないよ。この前もそんなこと言ってたね」
「お付き合いしてる人もいないの?」
「なんでそんなこと訊くの?」
真希子は洗い物をしながら背を向けている。
「俺より真希ちゃんはどうなの?」
離婚して十六、七年になる。
「あたしは子供が二人もいたから諦めてたわ」
「だって若かったんだから、話はあっただろう?」
「でも、二人背負ってじゃ無理だった」
水の音に語尾が消されそうな小さな声だった。坂崎はそれ以上話を広げなかった。

 彼がシャワーを浴びて出て来ると真希子はソファに座ってテレビを観ていた。坂崎はパジャマ姿である。
「真希ちゃんも入ってきたら?」
「ええ、そうする。義兄さん、あたしもパジャマでいいかしら」
「かまわないよ」
「それじゃ、失礼していただきます」
浴室に向かう彼女を目で追いながら、なぜか時がゆったりと流れている感覚に包まれた。




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