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栗花晩景
【その他 官能小説】

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風化(1)-7

「ごめんなさいね」
和子は何とか私の負担を軽くしようと木の枝を杖にして自力で歩こうと試みたが、平地ならともかく、降りの山道では危険だった。
「いいから、つかまって歩け」
和子は私の首にしがみついた格好だ。

 やっとのことで稲子湯に着いたのは予定より一時間も遅れ、バスはすでに出た後であった。次のバスは二時間後の最終である。
 荷物を地べたに投げ出してベンチに座り込むと力が抜けてしまった。和子も疲れたとみえてうなだれたまま肩で息をしていた。
(どうするか……)
ここは宿泊もできるので泊まることも考えたが、足の具合が心配である。訊いてみると駅の近くに病院があるというのでそこへ連れていくことにした。彼女はだいじょうぶだと言ったが、どんな状態なのか自分がよくわかっているだろう。濡れタオルで冷やした足首の腫れはひどくなっている。
「医者に行ったほうがいい。それからだ」
それからと言ったものの、先のことは浮かばない。病院に行くことしか頭になかった。
 バス停のベンチでぐったりしていると、事情を知った宿の主人が車で送ってくれると言ってくれた。


 診察の間に考えたのは、この後どうするかということである。
(弱ったな……)
この状況で別れることはできないだろう。和子が一人で帰ると言ってもあの具合では無理だ。時間も大幅に遅れている。
 時刻表で確認すると、乗り継ぎがうまくいけば十一時頃に帰京できるかもしれないが、小淵沢での待ち合せが二分しかない。階段の昇り降りがあるから和子を伴って間に合うかどうか。それに乗れなければ夜中まで待って夜行に乗るしかない。新宿着は明け方である。そうなったら、
(やはり家まで送らなければならないだろう……)
どちらにしてもすんなりとはいきそうもない。

 看護婦に呼ばれて診察室に入った。診察台の和子の左足首は包帯で巻かれている。ねん挫という診断で骨折はないだろうという医者の説明であった。
「念のためレントゲンを撮りましたが、結果は明日の午後になるんですよ。東京の方ですってね。どうしますか?」
「明日伺います。今日はこっちに泊まりますから」
迷うことなく言った本音は疲れて気力が失せていたからである。肉体的にはもちろんだが、いろいろ考えているうちに気持ちも萎えてしまってとてもこれから帰る気にはなれなかった。

 診察室を出る時、
「貸し出し用の松葉杖があるけど、どうする?」と医者が言った。
「肩借りていくからいいです」
和子の体を支えながら私は会釈をした。
「仲がいいこと。お大事にね」
看護婦が笑いながら見送ってくれた。

 靴を履くことができないので、ビニールのキャップをかぶせてある。テーピングをしてもらったので足を引きずりながら少しは自力で歩くことが出来た。
「迷惑かけちゃったね。せっかくの夏休み」
駅前のベンチに掛けると和子は珍しくしゅんとして言った。
「気にするなよ。それより、泊まるとこ探してくるけど、だいじょうぶか?」
「何が?」
「家のほうだよ。心配するだろう。今日中に帰ることになってるんだろ?」
「電話しておくから」
「じゃあ、俺は案内所で訊いてくる」
妙なことになったと思いながら、思いがけない出来事も旅のひとつ、変化もいいかもしれないと思うことにした。


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