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栗花晩景
【その他 官能小説】

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秋雨道標-4

 部屋に入り、私が先に風呂に行く。出てくるとベッドに座っていた晴香が入れ替わりに浴室に向かう。私たちは無言で、それが取り決めたルールのように動いた。

 晴香がベッドに身を入れ、私は喫っていた煙草を揉み消すと抱きよせて唇を合わせた。晴香の腕が私に絡む。
 いったん口を離し、晴香の胸が大きく上下して私を見上げた。変わらぬ美しい乳房である。
「煙草のにおい……あなたのにおい」
ふたたび口づけると舌が入ってきて、かきむしるようにしがみついてくる。塞がった口からは駄々をこねるような声が洩れた。

 秘泉に指を差した。
「あう!」
夥しい淫液である。
 乳房を含んだところで、
「待って……」
彼女の顔は紅潮して恐ろしいまでの形相である。

「来栖さんと、まだ続いてるの?」
「?……」
動きを止めて目を合わせた。いまにも貫こうと屹立していた下半身が萎えていった。
 弥生の名前が出たからだけではない。晴香の口調が私の気持ちを引かせたのだった。二人の関係が全盛の頃、体の隅々まで愛撫を施し、互いの愛と存在を確認し合っていた頃の物言いそのままだったのだ。『自分の男』に対するふてぶてしさが感じられる言い方に聞こえた。今は立場も想いもまるでちがう。勘違いしている。……

「どうしてそんなこと訊くの?」
もう以前の二人ではない。
 晴香は答えず、黙り込んだ。私は体を離してうつ伏せのまま煙草を引き寄せた。
「気を悪くしたらごめんなさい……」
今度は私が沈黙した。暖房の風に煙が流れては消えていく。

 晴香はおずおずと口を開いた。
「あたしたち、やり直せないかしら……」
意外な言葉なのに驚きはなかった。
 頬に彼女の視線を感じながらどんな表情を作ったらいいかわからない。ここへ来た後悔を噛みしめた。

「やっぱり、まだ怒っているでしょう?」
「怒ってないよ。悪いのはこっちだから……」
「いろいろ考えたんだけど、あたしの方はもう何ともないし……言いすぎたかなって思ってる……」
 よりを戻すということか……。感情はそんなに簡単に切り換えられない。
(君もそうだったはずだろう?)

「あたしは、あなたが初めてだった。……いまもあなたしか知らない……誰とも……」
(だからどうだというのだ……)

 晴香はうつ伏せになって肘をついた。
「来栖さんて、お付き合いしても、結婚できないんでしょう?」
「?……」
私は訝しげな顔を向けたつもりだったのだが、晴香にはきつい表情に映ったようだ。少し慌てて、
「恵子さんに聞いたことだから」と付け加えた。
「どういうこと?」
晴香は曇った顔を見せた後、聞いた話だと繰り返した。
「一生結婚はしないって、言ったそうよ」
「だから、どういう理由で」
自分でもやや気色ばんだと思い、言い直した。
「なんで結婚しないんだろう」
「よくは知らないけど、彼女、お母さんと弟さんと三人暮らしなんですって。離婚したらしいの。その弟さんが障害者で、いずれ彼女が面倒をみるつもりらしいの。だから結婚はできないって……」
 弥生の家族のことは何一つ知らない。訊いたこともなかったし、弥生も話さなかった。(弟……)
事情は分からないが、世話をするといっても方法はいくらでもあるように思えた。少なくとも結婚を諦める決定的な理由とはどうしても思えない。

 晴香は私を見据えていた。その目がわずかに光ったように見えた。一瞬の強い瞬ききである。
(だから弥生と付き合っても意味がないとでも言うのか?……)

 晴香がどのような心理経過を辿った末に私を許す気持ちになったのかは知る由もないが、それより、弥生の家庭の問題をわざわざ私に吹き込む神経が障った。

 私の体にためらいがちに伸びた手が触れた。動かずにいると背中から尻へと何度も行き来した。私の股間に反応はない。重い怒りが充満していた。
 煙草を消してゆっくり仰向けになると、愛撫に応じたと思ったようで、重なってきてペニスを握った。
 おやっと思ったはずだ。勃起していない私に触ったことはいままでなかったことである。
 晴香の手は不器用に柔らかな私を揉み続ける。妙なことに勃たない自信があった。裸の女と接していながら信じられないことだが、晴香の存在は、この時嫌悪に値していた。悪意はなかったと思う。だが、私にとって弥生はかけがえのない存在になっていたのである。

 晴香は私の乳首を痛いほど吸い上げ、萎えたペニスを咥えて息を荒らげた。そしてついには頭を振りながら声を上げた。
 醒めた目で見ていると彼女の行為は狂態としか思えなかった。彼女を傷つけまいと考えたはずが図らずも最も残酷で冷たい屈辱を与えようとしていた。 


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