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栗花晩景
【その他 官能小説】

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秋雨道標-2

 それから数日した夜、晴香から電話があった。受話器を取ると、
「ふふ……」
忍び笑いが聞こえた。
 こもった声で誰だか判らずに問いただすと、間を置いてようやく名乗った。晴香の声を電話で聞くのは久しぶりのことだ。
「夜分ごめんなさい……」
十一時を過ぎていて。両親はすでに休んでいる。

「どうしたの?」
私は精一杯の明るさをもって応じたが、内心は突然の電話に不審を抱いていた。
「うん。別にたいした用じゃないんだけど……旅行、無理なんですってね」
「ああ。ちょっと都合があってね」
「そう。……思い出にって思ってね。計画したんだけど……」
「もう学生も終わりだ」
「淋しいわね……」
話しながら晴香の真意を計りかねていた。裏切った私を完璧に拒絶した彼女が自ら電話をかけてくる。……何があったのか、何を考えているのか。……

「旅行はどこに行くの?」
「ふふ……中止になっちゃった」
「そう……」
「人数が少ないからって、恵子さんまで行かないって言いだしちゃったから。来栖さんもだめだって」
「他にはいないんだ」
「そう。山岸君ばかり行く気になってて」
「そうか……」
何か言おうにも言葉が続かなかった。

 沈黙があって、晴香の軽い空咳が聞こえた。
「あのね、もう卒業でしょ?だから、一度会えないかしら……」
こめかみに微かな痛みを感じた。
「今月いっぱいバイトなんだ」
「いつでもいいの。いろいろあったけど、あなたとはお付き合いしてたし。……夜でもいいんだけど……」
すぐには答えず、張りつめた時間が生まれた。むげに断ることも出来ずに小さく溜息をついた。晴香の気持ちは不可解だったがアルバイトが終わってからも無理だとは言えない。

「いいけど……」
思い出に終止符を打ちたいのだろうかと考えながら了承したことに一抹の後悔が過った。晴香と会ったことを弥生が知ったらやはりいい気持ちはしないだろう。深い付き合いをしていたことは周囲の誰もが察していたはずだ。
「じゃあ、明日でもいいの?」
いまさら流れを戻せない。
「別に構わないけど。バイトのあとなら……」
会って話をするだけだ。こちらには会う理由はないと思っているが彼女には心の傷を負わせたのだから、けじめの意味でも会うべきなのかもしれない。それなら早いほうがいい。そして思い出の奥深くに仕舞おう。お互いに……。それですべて終わりだ。
 気持ちを切り換えてから複雑な想いになったのは晴香が口にした待ち合わせ場所であった。その喫茶店は彼女とホテルへ行く前に必ず立ち寄った店である。当時習慣のようになっていた。……
 電話を切ると真夜中の静寂が忍び寄っていた。


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