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栗花晩景
【その他 官能小説】

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秋雨道標-1

 色づいた木々の葉が散り始める晩秋になって、ようやく私は就職が決まった。決まったというより、残り少なくなった求人の中から決めてしまったといった方がいいかもしれない。
 自分が勉強してきたこととはまったく関連のない不動産会社である。結局、社会に出れば史学も文学もないのだと諦めの割り切りをしたものだ。
 
 ちょうど同じ頃、弥生も市役所の試験に合格した。コネもなく、実力で勝ち取ったもので、私は心から見直した。
「たいしたものだな。相当勉強したんだな」
弥生は抑えきれない喜びに満ちていた。笑顔でありながら嬉しすぎて今にも泣き出しそうにも見える。その表情には頼もしいほどの自信と満足感が溢れていた。
「一生のことだから必死だった」
「そう言われると俺なんか自覚が足りなくて落ち込むよ」
「何言ってるの。そんなことないわ。それぞれ仕事が違うんだもの。がんばりましょう」
彼女の言葉に包まれるとほっとする。温かみというのか、包容力といったらいいのか、彼女の優しい心根に触れると甘えたくなってしまうことがある。ベッドでも私はしばしば、
「抱いて……」と囁いた。すると弥生は大きな私に張り付くようにして包んでくれる。

「一人っ子の甘えん坊さん」
弥生は私にキスしていたずらっぽく言う。
 じっとしていると彼女の鼓動が伝わってくる。肌の香りに酔いしれながら安息のひとときがやってくる。
 そんな温もりの抱擁の中、ある時弥生が瞳を潤ませた。
「どうしたの?」
「幸せだから……嬉し涙……」
その言葉に私はいっそう深い幸せを感じ、これまで以上に彼女を生涯の伴侶と考え始めていた。

 卒業旅行の計画があることを山岸から聞いたのは、たまたま就職課に書類を提出するために登校した時のことだ。授業もなく、アルバイトの毎日で、それは私だけでなくほとんどの四年生は卒業式に顔を合わせるばかりになっていた。

「いやあ、会えてよかったよ。みんなと連絡取れなくてさ。今泉も下宿を引き払ったみたいだし」
彼はすでに帰郷していた。
「最後だから思い出にどこかへ行こうという話になってさ」
「サークル、まだ続いてたのか?」
「いや、何もしてないけど、何かの縁だから」
「縁か……」
縁といえば晴香と弥生と知り合ったのもこの奇妙なサークルではある。

「誰の発案なんだ?」
「小林さん」
意外だった。てっきり恵子かと思った。
「それで参加者が少ないんだ。もっと早く計画すればよかんたんだけど、急に決まったもんだから」
一緒にどうかというのだった。
「俺は部員じゃないし、ちょっと手伝っただけだから」
「我々だって学園祭以来何もしていないんだから同じようなものだよ。一緒に行こうよ」

 参加する気には到底なれないと思いながら、何人集まったのかと訊いたのは弥生のことが気になったからだ。
 先週会った時は何も言ってなかったからこの話はその後のことだろう。
「小林さんと三原さん、それと俺。来栖さんとはまだ連絡がとれていないんだ。まだ三人。男は俺一人」
「もてていいじゃないか」
「いやあ、そんなこと」
「両手に花だぜ。言うことないだろう」
「来栖さんが来てくれたらいいんだけどな」
小声でぼそっと言った。私との関係は知らないらしい。

 山岸をからかいながら、弥生は参加しないだろうと思っていた。私たちは来月二人で旅行の約束をしていた。日程が重ならなくても顔ぶれを見れば楽しい思い出になるはずはない。その点は今泉も同様で彼も不参加だと思う。
「俺を誘うことを他のみんなは知ってるのか?」
「知ってるよ。だって彼女たちが声かけたらって言ったんだから」
どういうつもりだろう。晴香にしても恵子だって、平然と私を見つめられるのだろうか。もし弥生も参加したらどうなるのだろう。
 私は予定があるといってはっきり断った。


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