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栗花晩景
【その他 官能小説】

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春雷(2)-3

 晴香に手紙を書いたのはそれから数日後のことである。悩んだ末、一度は事実をすべて正直に伝えようと思ったが、いざ書き出してみると弥生のことに触れることは出来なかった。弥生は彼女の友人である。
 卑怯だとは思ったが、あくまでも私は何も知らない前提で心情を綴った。

『……ぼくはいつも遠くから君を見つめています。君がなぜぼくを避けているのか、そのわけがわからず、戸惑い、混乱し、毎日苦しんでいます。もし、ぼくに落ち度があったのなら教えてください。心から謝ります。何が君を不快にさせているのか、知りたいのです。
 君の今の気持ちを推し測ることはできませんが、もし誤解があったとしたらどうでしょう。それは二人にとって大きなマイナスです。ですから話をすることで理解し合いたいと思っているのです。
 ぼくは君が好きです。心から愛しています。お互いの気持ちを確認しないまま毎日を送るのがとても辛いのです。胸に抱えていることがあるのなら率直に言ってください。直接話すのが難しいのなら手紙でもいいですからぜひお返事下さい。君以外の女性の存在は考えられません。お返事お待ちしています。愛しています……』

 後ろ暗いことに目を瞑るのはたやすいことではない。だが、言い訳の名案などあるはずもなかった。

 投函して一週間ほど、学校を休んだ。家にいることも出来ず、パチンコをしたり、喫茶店に入り浸って時間を潰した。
 返事はなかなか来なかった。翌週になってさすがに授業が気になり出席するようにしたが、学食にも寄らずに学校をあとにした。晴香と顔を合わせるのが怖かったのである。手紙を出した以上、返事を待って、何らかの結論が出るまでひっそりとしているしかないと思った。
(このまま返事が来なかったら……)
それは十分考えられた。
『やめてください!』
険のある彼女の言葉が耳に残っていつまでも響いている。


 待ち望みながらも遠ざかっていたい手紙が届いたのは半月後のことであった。
ポストに真っ白な封筒を見た時、背中に冷ややかな感覚が走った。これまで何度か受け取った手紙は必ず動物の絵がついたものだった。
 線の細い見慣れた文字をしばらく見つめていた。

『……お返事遅くなりました。お手紙いただいていろいろ考えました。でも、悲しいことですが、私の気持ちは変わりませんでした。これまでのようにあなたを想うことが出来そうにありません。曖昧なままでいることはお互いにとってよくないことだと思い、あえて心の内をお伝えします。
 ある人から、あなたが別の女性とお付き合いしていることを聞きました。その女性は私の知っている人です。初めは信じられなくて、きっと間違いだと思いました。でも話を詳しく聞いているうちにそうではないことがわかってきました。あなたが、誤解があったら、と書いているのはそのことでしょうか。
 その女性と筑波山にドライブしたとのこと。あなたが免許を取ったことは学校では私しか知らないことだと思っていましたし、筑波山と聞いて疑う余地はないとショックを受けました。
 ある人はあなたと女性との会話まで細かく教えてくれました。耐えられませんでした。もしその女性に言ったことが嘘だったとしたら、私に対してだけでなくその女性にもとてもひどいことで、なおのことあなたを信じることができません。このことは忘れることが出来ないと思います。あなたとお会いしても今までのような気持ちでいることがとてもできそうにありません。
 私がもっと大人であれば違った考えも出来るのかもしれませんが、今の私にその整理をするのは無理のようです。どうぞお察しください。
 先日の中庭でのこと、ごめんなさい。どうしていいか自分で自分がわからなくなってしまったのです。
 これからも学校でお会いする機会があると思いますが、あなたがよければご挨拶はしたいと思っています……』

 深い嘆息とともに力が抜けていった。書かれたことに返す言葉も隙もない。無意識に火をつけていた煙草の煙の中で、便箋の折り目が頑なな意思を伝えているようであった。


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