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栗花晩景
【その他 官能小説】

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春雷(2)-2

 部屋に戻ると弥生がそつのない仕草でビールとコップを整えて自分の着替えを抱えた。
「あたし入ってくるから、飲んでて」
隣室にはすでに布団が敷かれてある。
 二つ並んだ布団を見つめながら、ここにいるはずだった晴香を想った。この部屋には二時間絡み合うだけの連れ込みにはない深いものが漂っている。それは単に過ごす時間の長短の問題ではなく、共に眠って朝を迎える儀式めいた重みがあるような気がした。
(晴香の代わりに弥生がいる……)
それでいいのかと自問しても意味のないことではあるが、複雑な想いが不規則に回転して空間に消えていった。

 食事をしているうちに気分が和らいできたのは弥生の明るさによるものだったのは皮肉である。何度も私にビール注ぎ、自分もよく飲んで、喋った。
「もっと飲もう」
日本酒を追加してからは顔が桜色に染まり、笑顔が絶えなかった。
「いい気持ちになっちゃった。楽しい」
並んだ料理は残さず食べ、
「おなかいっぱい」
ポンポンと腹鼓を鳴らして胡坐をかいた格好には思わず噴き出してしまった。ほんとに腹が膨れていた。
「何か月?」
「六か月」
二人で爆笑した。
 そんな屈託のなさがいつしか不快感を中和させていたようだ。晴香だったらこんなにくだけたりはしないだろう。

 浴衣の胸元からわずかに覗く谷間。熟した肉感が伝わってくる。やや大きめの口は猥らにも見えるが、表情が豊かで愛嬌を生んでいる。
 食後、弥生はまた風呂に行って間もなく戻ってきた。
「シャワーだけ浴びてきた……」
頬の火照りは酒のせいばかりではないだろう。
「俺も浴びてこよう」
すれ違った時、石鹸の香りがした。

 戻ると、弥生はテレビを観ていた。
「さっぱりしたでしょ?」
顔を画面に向けたまま言った。騒がしいバラエティ番組なのになぜか静寂の感覚が感じられた。弥生は笑いもせず、姿勢も崩さず正座したまま画面を見つめていた。

 私が煙草を喫い終えて残っていた酒を飲み干すと、
「もっと飲む?」
弥生が立ち上がりかけた。
「もういい。酔ったよ」
「けっこう飲んだわね」
「強いんだな」
「そんなでもないけど」

 布団に移動して振り向くと弥生は俯いて髪を手で梳いている。私の体はむくむくと変化した。
「おいでよ」
呼びかけると、
「はい……」
呟くような返事のあと、テレビの音声が消えた。

 布団に膝をついた弥生。待ちきれずに腕を取って抱きかかえた。
「待って……」
構わず胸をはだけ、口づけした。舌を差し入れると弥生も応じてくる。互いに吸い合い、酒の臭いが鼻から吹き上がる。
 濃密なキスのあと、乳房に吸い付く。
「ああ、好きよ……」
浴衣の紐を外そうとまさぐっていると、
「取るわ」
いったん私の胸を押しとどめて半身を起し、下着まですべて脱ぎ去った。

 ふたたび重なると大きな目を見開いた。
「ね、あたしって、どう見える?」
「どうって?」
「遊んでるように見えるでしょ?」
「いや、そんなことは」
「いいのよ。きっと見えると思うわ。いままで言われたこともあるし」
「誰に?」
「知らないオジサンからも、酔っぱらいからも……」
「夜遅く出歩くからだよ」
「そんなに出歩いてないんだけどな……」
 派手な服装、そこからのぞく成熟した肉体を見れば誰しもそう思うかもしれない。この間のドライブの時も学生とは思えない印象であった。
 しかしなぜそんなことを言いだしたのか。気になった。愛撫を中断して顔を覗き見た。

「あたし、男の人、初めてじゃないけど、そんなに経験ないのよ。高校の時、先輩に……」
「いいよ。言うなよ」
いやな話の予感がしてさえぎった。自分の体験が甦り、美紗のことがよぎったのである。
「軽い女なんて思ってないよ」
気がつくと彼女の目に涙があった。
「どうした?」
「あたし……」
言い淀み、その時溢れた涙が一筋目尻から耳に流れた。

「あたし……あなたに謝らないと……」
「……何を?」
「嬉しくてね……あなたのこと、恵子に話しちゃったの」
「……」
「ごめんなさい。たった一度ホテルに行っただけなのに……」
「何を話したの?」
「……ぜんぶ」
「全部……」
それは肉体関係を持ったことのみならず、私の『うそ』も含まれているということなのだろう。
「話したのは、三原だけ?」
弥生が頷くとまた涙がこぼれた。

 それを晴香に告げ口したのは恵子だろう。正義感のつもりだろうか。それとも面白おかしく晴香の様子を窺っていたのだろうか。真意は計りかねたが、それよりも弥生がなぜ私との関係をわざわざ恵子に……。

 弥生は濡れた睫毛を瞬かせて身を縮めるようにした。とても幼い表情になった。
「恵子がね、いつもいろいろ話してたの。とっても露骨なこと……」
それは今泉とののろけ話であった。
「旅行したとか、ホテル行ったとか、聞きたくないのに何でも話すの。あたし、いままで彼氏いなかったから羨ましくて……。だからあなたのこと、嬉しくてつい話しちゃったの。そしたら恵子がびっくりして色々訊くから、調子に乗っちゃって。ごめんなさい。ずっと気になってて……」
私は彼女の涙を指で拭い、口づけした。
「恵子、中学の同級生なんでしょ。何かあなたに言った?」
「いや、何も」
「迷惑かけたら申し訳ないと思って……」

 弥生は私と晴香の関係が破綻しているといまでも信じているのだろう。謝るのは自分の方だ。二人の秘め事を恵子に明かしたことにこれほどまで心を痛めていたというのに、私は彼女の肉体を貪ることしか考えていなかった。
「これから二人のことは秘密にしておこうね」
私が優しい気持ちになったのは本心である。
 乳房に顔を埋め、のめり込んでいった。やがてのけ反りながら、
「嫌いになったら言って!」
私は弥生を掻き抱いた。


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