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『STRIKE!!』
【スポーツ 官能小説】

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『SWING UP!!』第16話-21

「……?」
 誠治は、しかし、吐き戻してしまった葵の様子が、いつもの“パニック症候群”とは違うことに気づいた。
「ご、ごめん、なさい……」
 葵が正気を保っていたのが、まずはひとつ。嘔吐はしてしまったが、うずくまって、前後不覚に頭を振り乱すということがなかった。
「きゅ、きゅうに、胸が、痞えてしまって……」
 試合が終盤に入る頃、すっかりぬるくなったスポーツドリンクを何度も口にしていたが、増した甘みが口に合わなかったのだろうか。そこに、不定期な呼吸が重なったため、“呑気”によって膨らんだ胃袋が、何かの拍子で裏返ってしまったのかもしれない。
(だとしたら…)
 今、葵が起こした反応は、“呑気症”を起因とする複合作用であって、“パニック症候群”の発露ではないことになる。
「ごめん、なさい……」
「葵、いいから。さ、口をすすいで」
 誠治は、手にしているドリンクボトルのミネラルウォーターを、葵に差し出した。誠治に言われるまま、葵は、濡れ光る唇でチューブを啄ばみ、少し中身を吸い込んで、胃液が残る頬の中で、もごもごとさせた。
「ここに、吐き出して」
「……っ」
 誠治が差し出すビニール袋に、葵は口の中をすすいだ水を吐いた。それを何度か繰り返し、葵はようやく落ち着いた雰囲気を取り戻した。
「ゲームセット!!」
 バックネット裏の二人の奮闘が終わりを迎えた瞬間、グラウンド内の熱闘も終了していた。
「………」
 スコアボードを見れば結果のすぐ分かるグラウンドの試合とは違って、葵が“己に克った”かどうかは、誠治には分からない。嘔吐してしまったことを思えば、芳しくないのは明白なのだが…。
「すみません……粗相を、して……」
「いいんだよ」
 葵の萎れている様子には、不思議と“敗北感”は漂っていなかった。彼女の“無理”を止めなかった悔いを感じ始めた誠治にとって、そんな葵の雰囲気が、多少の“救い”にはなっていた。
(でも、今晩は、ひょっとしたら…)
 葵を苦しめる“こわい夢”によって、彼女は“夜尿”をしてしまうかもしれない。草薙大和と向き合ったことが、その傾向を強めた以上、このところ収まっていた“夜尿”が再び発生してしまう可能性は高く、それによって葵は、再び自信を喪失してしまうかもしれない。
(そうなったら……)
 今日の試合で生まれた、様々な“良い流れ”を、失いかねない事態である。それを思えば、誠治は、葵の“無理”を止めなかった自分の迂闊さを、やはり厭わしく思う。
「あの、誠治さん……」
「ん?」
「それを、片付けてきても、いいでしょうか……」
 葵が恥ずかしそうに、誠治の手にしているビニール袋を見ている。白色半透明なそれの底を覆うのは、ほとんどが水ばかりではあるが、自分の吐瀉物であるのは間違いなく、それを最愛の人に持たれ続けている状況は、如何ともしがたい。
「あ、ああ、すまないね」
「お手洗いに、いってきますね…。ちょっとだけ、待ってて…」
 誠治が差し出したそれを葵は受け取り、頬を赤く染めながら俯きがちに席を立った。
「………」
 葵の様子が、あまり変わっていないことに、誠治の当惑は止められない。試合の終了を受けて、まばらにいた観戦者たちが去っていく中、葵が戻ってくるのを、上の空で誠治は待ち続けたのだった。


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