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『STRIKE!!』
【スポーツ 官能小説】

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『SWING UP!!』第16話-22


「誠治さんは、もう、気づいているはずですけど……」
 市営球場での二試合が終わったとき、時間は午後2時を越えていた。実は夫妻であるそれぞれの主治医は、“時間がいつになってもかまわないから”と、言ってくれていたから、誠治と葵は球場からタクシーに乗り、定例となっている診察と検査を受けるべく“城南大付属病院”へと向かっていた。
「わたしは……わたしには……」
「葵、待って」
「?」
 葵が、ずっと秘めていたことを告白しようとしていると分かり、誠治はそれを押しとどめた。今日の葵は、勢いで走りすぎるところがあるので、それを制御させる気持ちもあった。
「いいんだ、葵。キミの中にあるものが、どんなものだろうと、僕はもう、キミのことを愛しているんだから」
「「!?」」
 不意の言葉に息を呑んだのは、葵と、タクシーの運転手であった。彼もまさか、自分が乗せた客同士の、“愛のささやき”を聞かされるとは思わなかったろう。
「確かに、葵の“過去”を、気にしないというのは無理だ。でも、その“過去”も含めて、今の葵なんだから、僕がそれを無闇に知る必要はない」
「誠治、さん……」
「何かの拍子で、知ってしまうことはあるだろう。でも、それを知ったからって、葵のことを愛する気持ちを、僕は、揺るがせにしたりするもんか」
 ミラーを見ながら、タクシーの運転手が“ひゅう”と口笛を吹く仕草をしていた。…というか、きちんと前を見て運転したまえよ。
「いいんですか……?」
「ああ。葵、愛している」
「誠治さん……わたしも、わたしも、愛しています……」
 今度は感動が溢れ出しそうになって、葵が口元を押さえた。かわりに、その感動によって溢れた感情は、その瞳から滂沱の涙となって、葵の頬を熱く濡らしていた。
 その後、病院での診察と検査を終えた二人は、その場で衣服も着替えて、病院を後にした。どちらにも特に異常はなく、むしろ葵に関しては、劇的なぐらいに良くなっているという話であった。後で、葵の主治医は、夫である誠治の主治医に、ずいぶんと“ノロケ”を聞かされたことを、苦笑交じりに白状している。守秘義務に抵触するギリギリのところだが、あまりに幸せな内容なので、彼女も口に蓋ができなかったらしい。
 さて、である。
「葵、今日は寄り道をしよう」
「え……」
 いつもだったら、そのまま同棲している部屋へ戻るところだが、思いがけなくも誠治がそう切り出してきたので、葵は困惑したような視線を向けていた。
「おっ、また、お二人さんかね」
 呼び止めたタクシーは、寄寓にも、球場から病院まで自分たちを乗せてくれた乗務員の運転する車であった。ユニフォーム姿で、聞いている方が恥ずかしくなる囁きを繰り返していた二人に対して、意趣を含んだ笑みを彼は見せていた。
「今度は何処まで行くんだい? あれかい? “かがやき町”まで、いくかい?」
「ええ。そこで、お願いします」
「ぶっ」
 冗談をふっかけた運転手が、素直にそれを返されて、思わず吹き出していた。
「あ、あの、“かがやき町”って……」
「ん? お嬢さん、知らないのかい?」
「は、はあ」
「にいちゃん、こんなに無垢な子を、“かがやき町”に連てく気かい? いただけないねえ…」
「え? え?」
 呆けた様子の葵を他所に、運転手の苦笑は収まらず、しかし、タクシーはとても滑らかな動きで走り続けている。この運転手、腕前は相当のものらしい。
 やがてネオンの光が溢れるとおりに出たかと思うと、幾分、小高い場所にあるその光の集まる場所で、タクシーは停車した。“かがやき町”と呼ばれる場所が、どうやらここらしい。
「ありがとう」
「毎度あり! それじゃあ、“ごゆっくり”!」
 気障なウィンクと、人差し指と中指の間に親指を差し込む卑猥な握り拳を見せてから、二人をその場に残して、タクシーはそのまま繁華街の方へ消えていった。
「あ、の、誠治、さん……」
 “かがやき町”のネオンを反射している葵の顔は、それでもわかるぐらい真っ赤になっていた。なぜなら、その目の前に輝く建物の看板は、明らかに“ラブホテル”と呼ぶべきものだったからだ。
「この界隈はちょっと高めで、だけどキレイで、設備がいいらしいんだ」
「そ、そんなこと、調べてたんですかっ! 誠治さん、エッチです、スケベです!」
 葵の非難は、しかし、抵抗の意思を乗せてはいない。
「葵と一緒に、来たかったから」
「もう……」
 ラブホテルの記憶は、葵に、胸の中に渦巻くものも同時に思い出させる。
「葵」
「あっ……」
 だが、手を握り締めてきた誠治の温もりを肌で感じると、人の形をしようとした“影”は、きれいに霧散していた。
「入るところも、決めてある」
「エ、エッチなんだからっ!」
「さあ、いこう」
「あ、あんっ、せ、誠治さんったら……」
 愛する人に嬉々として腕を引かれてしまえば、葵はもう、何も言えなくなってしまった。
「………」
 そして、かつてこの腕が、自分を、“闇の世界”さらに“死の世界”へ飛んでしまおうとしているのを、防いでくれたことも思い出す。
(わたしは……わたしは、この手に繋がっていても、いいんだ……)
 葵は、常に感じていた“後ろめたさ”を、いつの間にか振り切っている自分自身に、今はまだ気がついていなかった。


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