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栗花晩景
【その他 官能小説】

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雨模様(1)-2

 夏休みに初めてアルバイトをした。郵便局の配達の仕事を十日間続けて一万三千円になった。手にしたことのない大金である。中本の顔が浮かんだ。
(本番……一万円……)
二学期になったら詳しい話を聞いてみようと思っていた。

 女体への憧憬は波のようにも思える。小さなうねりが突如として岩に砕け散る怒涛と変わることもある。そうなると叫びたいほど狂おしく、込みあげた想いは夢想の闇を駆け巡る。ある時は眩しいきらめきに瞼を閉じて揺れ動く想念に身を任せ、寄る辺なく漂い、行きつ戻りつ、常により烈しい刺激を求めてやまないのだった。

 金を手にしたことで気持ちは高ぶり、前のめりになっていた。脳裏にはミチとクミが交互に現れて淫乱に股を開く。その股間は細谷のようにぐっしょり濡れている。
 中本は怪しげな男だが思い切るしかないと決心した。


 九月に登校すると中本が退学したことを知った。その理由云々より、気が抜けてしまった。金を見つめながら気だるい疲れに被われた。

 仲間の中で『彼女』の話が増えたのはこの頃である。クラスの何人かは同級生と交際していた。登下校時に並んで歩く姿が目に付くようになった。
(楽しそうだな……)
悶々とする肉欲を抱く一方で、いうなれば拠り所を求める心の変化が芽生えていた。
自分だけの特別な相手……。お互いだけを意識する関係、その存在が欲しいと思うようになった。

 西田竜次とは中本がいなくなってから親しく話すようになった。中本とは異質であったが、クラスで幅を利かせている点では似ていた。ヤクザまがいの威圧感はない代わりに遊び人風のいかがわしさを漂わせている。ズボンを細くして整髪料の香りをまき散らし、しょっちゅう指を鳴らしてはふらふらしていた。
 女子の輪の中にも平気で入っていって冗談を飛ばしたり、時には離れ際に尻を触ってはげらげら笑う。
 そんな調子だから見たところ誰からも敬遠されていたようだ。機嫌を損ねると厄介なので適当に合わせてごまかしていた。まともに話し相手になったのは私だけだったかもしれない。といっても話の内容は限られていた。

 西田は私のところにやってくると必ず女の話をした。私が乗ってくると知っているからだ。彼の話は具体的で、作り話ではない。それだけに引き込むリアリティがあって、私は真剣に耳を傾けてしまうのだった。西田はそれが気に入ったのか、私には軽口は叩かなかった。

「俺は決まった女はつくらない」
西田はよくそう言った。足手まといだというのである。
「俺には、付き合うっていうのが面倒なんだ。若いうちはいろんな女とやった方がいいだろう?」
そしてクラスの女子に目を向けて、
「特に同じ学校の女はだめだな。やっちまったらべたべたしてうるさいからな」
もう十人以上と経験があるという。一回で終わりのもいれば何度か遊んだ女もいる。
「よくそんなに相手が見つかるな」
それほどモテるとも思えない。
「徹底的にナンパよ」
とにかく声をかける。それが第一歩で、すべてだ。
「だがよ。贅沢言っちゃだめだぜ。マブイのはしつこくしないで諦めるんだ。お高いのが多いからな。少し落とすんだ。質を。ブスは厭だがそこは妥協よ。持ちものは同じだ」
「断られたら?」
「そしたら次にいくまでよ。気にしてたらやれねえよ」
西田は考え込む私の顔をじっと見据え、諭すように言った。
「待ってる女だっているんだ。恥ずかしがってちゃできねえぞ。女の方からくることはまずないんだからな」
たしかにそうだろうと思う。
「まあ、お前も早いとこ童貞捨てろよ。女がみんな同じに見えてくるぜ」
言われるまでもなくそれを求めているのである。だが、西田のように女を求めて街を物色しようとは思わなかった。

 私は三原恵子に手紙を書いた。彼女はこれまで自分の心を占めたもっとも魅力のある女子である。見ず知らずの相手をナンパするより気持ちの負担ははるかに楽であった。
 気持ちを素直に伝えよう……。美辞麗句を使わずに誠意をこめようと工夫したが、結局、常套句の羅列になってしまった感があった。

 彼女は可愛いし、スタイルもいい。勉強もできる。三原恵子が彼女だったら……。
手紙を書きながら私の頭には妄想がひろがっていく。

(突然のお手紙にびっくりされたことと思います……)
驚いたとしても誰だって好きだと言われれば嬉しいに決まっている。思い描くのは恥ずかしそうに微笑む恵子の顔ばかりである。
 返事を待つ心は鈍く重かった。考えてみると二年間同じクラスでありながら彼女と親しく口を利いた記憶はない。私の印象がどれほど残っているものか、それすら心もとない。ひょっとすると忘れられているのではないか。切ない不安が広がる。

 待ち望んだ返事は落胆するものでもあり、どこかで予測していた淋しいものでもあった。ありきたりの配慮が虚しかった。
やはり、
『びっくりしました』そして、
『わたしもいろいろ考えましたが、今は毎日クラブ活動をエンジョイしています。だから……』
結局、そういうことである。
『磯崎くんも有意義な高校生活をお過ごしください』
おまけがあった。
『どこかで私を見かけたら声をかけてくださいね』
手紙からは何の響きも伝わってこなかった。


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