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惚れ薬
【その他 官能小説】

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法悦曼荼羅華-3

 浴槽に入って一息ついた。
奈々枝の言動、様態が気になっていた。所作や目の動きには不自然さを感じる。妙な気忙しさがある。もしかしたら、
(欲情しているのでは?…)
思いすごしかもしれない。下心を持って見ているから都合のいいように妄想が膨らむのかもしれない。
 それはともかく、状況は申し分ない。安田が目を覚ますことはまずないだろう。起きてきたとしても酔って寝ぼけているならいくらでもごまかしがきく。
(薬の出番だ)
奈々枝がこんなに飲むんならビールに入れれば造作ない。
 考えているうちに期待と興奮で一気に勃起した。
(これを奈々枝に…)
 気持ちが決まれば早いにこしたことはない。
 軋むほどに天を向いたペニスをしならせながら扉を開けて思わず息を呑んだ。下着姿の奈々枝がいたのである。

 「あら、いやだ、ごめんなさい、あたしったら…」
目を丸くして胸を隠したものの背を向けるでもなく驚いたようには見えない。視線も定まらないようでいて確実に俺の下半身を捉えている。ペニスは高速クレーンとなっていきり立ち、もはや被いようがない。
「奥さん…」
「ほんとにあたしったら。いつも追い焚きが無駄だから続けて入る習慣なものだから、ついうっかりして。ごめんなさい。どうしましょう」
顔は上気してさすがに言葉はぎこちない。突き立った肉棒が眼前なのだから無理もない。

 (奈々枝…)
習慣だからといって俺が入っているのを忘れるはずはない。
(意識している)
誘っている。薬を飲ませてないのに?……
 酔いつぶれて前後不覚とはいえ亭主のいる家で信じられない大胆さである。欲求不満で見境がなくなっているとしか思えない。そうであれば…。
 俺は腹が据わった。
「かまいませんよ。冬はすぐお湯が冷めますからね。その方が経済的ですよ」
まだ濡れた体。反り立った陰茎も濡れて光っている。
「あの、これ、バスタオル…」
「はい、すみません」
うっかり、と言っていながら奈々枝は立ち去らない。
脱衣所は畳一畳ほどで洗濯機が置いてあるので一歩踏み出せば接触してしまう。
 俺はわざと正面を向いたまま心持ち股間を突き出した。
「ああ…すご…」
さすがに直視に耐えかねたのかややうろたえを見せ、
「これ、パジャマ。サイズ、合うかしら。下着も…」
俺が来ると決まってから急いで買いに行ったという。
(俺が泊まる前提で動いていた…泊めるつもりだったのだ…)
 奈々枝の見守る中、ペニスを押し込み、テントを張ったまま浴室をあとにした。
「ビール飲んでて。冷蔵庫にあるから」
奈々枝の声が背中に触れた。


 風呂から上がった奈々枝のパジャマ姿を見て、彼女の決意を確信した。他人の男の前である。それだけではない。胸の揺れ具合から明らかにノーブラだったし、尻のラインを窺うと、たぶんパンティも穿いていない。態度も落ち着いたもので、脱衣所での戸惑った様子はもう見られなかった。奥の寝室を覗いて戻ってくると、
「熟睡ね」
ソファに身を沈めて脚を組んだ。
 ビールで乾杯し、ふっと息を吐いた奈々枝はおもむろに口を開いた。その内容は何とも突飛な話である。

 「磯貝さん。前世って、信じる?」
「ゼンセ?」
俺は意味を解しかねて、
「なんです?それ」
奈々枝の説明を聞いてようやく理解した。といっても関心がないので何となく相槌を打っていただけなのだが。……
 奈々枝は真面目な顔である。仏教の思想には、誰もがこの世に生まれる前に別の世界があって、そこにも『自分』が存在していたのだということを淡々と話した。
「輪廻転生。魂はずっと続いていくの」
「へえ…僕は考えたことないですね」
「そう…そうよね。あたしもつい最近までそうだったの」
奈々枝の目は真剣そのもの、深刻でさえある。
「あたし、近頃、前世があるような気がしてきたの」
睨むように俺を見た。
「磯貝さん。あなたの夢ばかり見るの」
冗談ではなく、照れた様子もない。
「不思議なの。夢といってもぼんやりしたものじゃない。はっきりしてるの。あなた、胸の乳首の下にホクロあるでしょう。あたし夢で見たの。さっき見たら同じだった。知ってるはずないのに、驚いたわ。それだけじゃない。もしかして股の付け根に傷痕みたいなもの、ない?」
「あります。子供の頃竹藪で転んで竹が刺さって」
「やっぱり…」
俺は頷きながら考えた。
(記憶の一部が残っている…)
そういうことなのだろう。
 理由はわからないが、人によって効き方に違いがあるように、記憶の消滅にも個人差があるのかもしれない。ならば行為の感覚も朧に記憶している可能性もある。俺に抱かれた快感が脳に刷り込まれているとしたら…。だから前世などという発想と結びついたのだろう。俺とセックスをするはずはないのに絡む場面が何度も現れる。事情を知らない奈々枝はその度に悶え、前世で俺と結ばれていたのだと解釈した。
 だが、そんなことはどうでもよかった。今夜は薬を使う必要がないのだ。
 俺は可笑しさを堪えながら奈々枝のホクロを思い出していた。たしか繁みの生え際に俺より大きなホクロがある。場所が場所だけに印象に残っている。
「奥さん。実は僕も奥さんの夢をよく見るんです。偶然だなあ」
「まあ…どんな?」
少し間を持たせて、
「失礼ですが、言っていいですか?」
奈々枝は息を呑んで頷いた。
「下腹部にホクロありますか?ちょうど生え際の辺り…」
「いやだ…」
奈々枝は手で口を被った。
「鳥肌が立った…」
「じゃあ、僕たちは前世で…」
じっと見つめ合うだけで奈々枝は息遣いが荒くなってきた。俺は彼女に寄り添い、肩を抱いた。
「奥さん」
「ああ…」
熱い口づけ。
「二階に、蒲団が…」
それだけ言うのが精いっぱいであった。


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