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『由美、翔ける』
【スポーツ 官能小説】

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『由美、翔ける』-9

「これは、あの時お借りしたものです。それと……」
 由美は、汚してしまった衣服の替わりに用意してくれた八日市のジャージと、もうひとつ別の紙袋の中から、菓子折りを取り出して、彼の前に差し出した。
「簡単ですが、お礼の気持ちです」
「これは、どうも」
「あと……」
 由美は、上げてもらった部屋の様子を確認している。
 あの時は、トイレとバス・ルームがあるダイニング・キッチンの部分だけを使っていたから、彼の居住空間に足を踏み入れるのは、これが初めてだった。
「……部屋のお掃除、させてくださいませんか?」
 そして、その部屋は、典型的な“汚部屋”だった。由美をよく中に通したと思えるぐらい、四方八方に様々なものが乱雑に置かれ、一体何処で寝ているのか、わからないぐらいの様相であった。
 これを見て、黙っていられる由美ではない。部屋はこんな状況なのに、八日市本人が清潔で清涼な感じがするのは、醸し出すオーラがそう見せるのだろうか。
「お願いですから、この部屋の掃除をさせてください!」
「あ、貴女がよければ、どうぞ」
 由美の気迫に押されたものか、まだ出会ってから日も浅いはずの麗人の懇願に、部屋の主であるはずの八日市は頷いていた。
「掃除用具は、ありますか?」
「えっと」
 八日市は、物置と化している部屋の片隅から、埃に塗れた掃除機を取り出す。その際に、積みあがっていた様々なものが崩れ落ちた。
「………」
 その掃除機も、随分と使われていないことは、よく分かった。
「……徹底的にしますが、いいですか?」
「ど、どうぞ」
 由美の瞳に宿る、殺気さえ感じられる輝きに圧倒されて、八日市は完全にイニシアチブを奪われた様子で、泡を食ったように何度も頷いていた。
 一般的に“部屋が汚くなる”原因は、余計なものが多すぎる事と、それが分類されずに置かれている事と、収納の仕方に問題がある場合がほとんどだ。色々なものが折り重なっていき、その上に、更に余分なものが乗っていって、そのカオスは出来上がっていく。“ミルクレープ現象”というやつだ。
「いらないものは捨てる! 使わないものは仕舞う!! 新聞雑誌は、古いものをすぐにまとめる!!!」
 まるで千手観音のような手さばきで、由美は、カオス(混沌)というべき八日市の部屋に、コスモス(秩序)を生み出していった。
「これは要るものですか?」
「えっと、だいぶ前にもらったんだけど」
「使っていますか?」
「いえ、全然」
「なら、要らない物ですね」
「はい」
 要る物と要らない物の分別は、自分の裁量ではできないので、八日市に伺いを立てながらの作業になっていた。
「これは、要りませんよね」
「うっ、そ、それはっ……」
 本の束を整理しているときのやり取りである。いわゆる“ビニール本(エロ本)”を目の前に差し出されて、さしもの八日市も狼狽の様子を見せた。
「要りませんよね?」
「は、はいっ」
 “エッチな年上のお姉さん、好き?”というタイトルの、お尻を突き出した扇情的なスタイルの女性が表紙の“ビニール本(エロ本)”は、敢え無く処分するためにまとめられていた古新聞・古雑誌の束の一員となった。
「………」
 “年下のカレ、エッチがすごいの”“お姉ちゃんに、ぜんぶちょうだい”“わたし年上だから、あなたの上に乗るわ”等々、似たようなタイトルの“ビニール本(エロ本)”が、何冊もあった。
 彼の言い訳によれば、懇意にしている先輩が、今度結婚することになって、その処分に困ったというので、それでやむなく、選んだものを頂いてきたのだという。
 その話は本当だろうが、おそらく、“やむなく”というのは、嘘に違いない。なにしろ、“年上モノ”というべきジャンルしか、そこにはなかったからだ。八日市の選別を経て、部屋に持ち込まれたというのが、はっきりとわかる。
(この人、年上の女性が、好みなのね……)
 そういえば、八日市に自分の名前は伝えたが、彼からの正式な名乗りを受けていないことを由美は、今更ながらに思い出した。


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