投稿小説が全て無料で読める書けるPiPi's World

『由美、翔ける』
【スポーツ 官能小説】

『由美、翔ける』の最初へ 『由美、翔ける』 7 『由美、翔ける』 9 『由美、翔ける』の最後へ

『由美、翔ける』-8


 由美が、“決意”をしてから数日後のことである。
 クラブ活動がオフ日である今日を見計らって、由美は、大学の講義を終えると、寮に一度立ち寄って、身だしなみを整えてから、バスと電車を乗り継ぎ、“城東駅”に降り立っていた。
「………」
 あの、“屈辱の粗相”をしてしまった公園を目印として、目的地である“月見荘”へと向けて足を運び続ける。
「あった」
 “月見荘”には、青年に抱えあげられて、ほんの数分で辿りついた記憶があり、それほど距離はないと思っていた。そして、案の定、二つほどの区画を通り過ぎたところで、見覚えのある、築年数を感じさせる二階建てのアパートが見えた。
「間違いないわ」
 塀にある看板には“月見荘”と書かれていた。
(確か、一階の、真ん中だったはず……)
 由美は、手前にある2階に上るための階段を素通りして、表札を確認しながら進む。
「あった。“八日市”さんの、お部屋」
 探していた“八日市”という表札のある部屋は、由美の記憶にあるとおり、無印のそれと“岡崎”と書かれたその間にあった。
「………」
 ドアの向こうに、誰かが動いている気配を感じる。おそらく、表札の示すとおり、“八日市”某がいるに違いない。
 由美は、胸に手を押し当てて、一度深呼吸をしてから、意を決したように、その呼び鈴に指を近づけ、一瞬の躊躇いを挟んでから、思い切ってそれを押した。

 ピンポーン…

『はいはい〜』
 ありきたりな音が鳴り、部屋の向こうから、“八日市”の声が聞こえた。間違いなく、あの時、自分を助けてくれた青年の声である。
 ドアに気配が近づいてきて、それを開ける金属音が聞こえた。由美は、ひどくその時間を長いものに感じながら、緊張した様子で、ドアが開いて彼が出てくるのを待った。
「どなたですか〜」
 細目で柔和な表情の青年が、開いたドアから半身を乗り出してきた。
「……っと」
 顔を上げて、由美の姿を確認した彼は、一瞬、その柔和な表情に硬さを見せたが、やがてそれを元の爽やかな笑顔に戻すと、
「JHKは見てないし、新聞だったら、間に合ってますよ〜」
 と、にべもなくそう言った。まるで初対面の人間に向ける、口調だった。
(………)
 だが、由美がそれほど心を乱さなかったのは、そういう反応も予想していたからだった。“忘れてくださいね”とそう言った彼は、あの日の出来事をなかったことにして、接してくるかもしれないと考えていたのだ。
「何かのセールスだったら、お断りですから〜」
 あくまでも“八日市”は、由美のことを初対面の人間として捉えようとしている。
「柏木由美です。あの時は、本当にありがとうございました」
 だから由美も、彼に助けられた事実を忘れていないことを、そのまま伝えて彼にぶつけた。
「なんのことですかね〜。貴女にお礼を言われるようなこと、したような憶えはないんですけどね〜」
 笑顔でありながら、由美に対して素っ気の無い態度を、“八日市”は崩さない。
「貴方は、忘れてくださいと言ってくれたけれど……」
 しかし由美も、負けてはいなかった。
「わたしにそれは、できませんでした」
 つとめて冷静に、己の心の従うまま、真摯な気持ちを言葉に宿して、“八日市”に語りかけている。
「だから、お礼を言いにきました」
 そう言葉と想いを結び、深々と頭を下げ、腰を折り曲げる由美であった。
「………」
 麗人の、真心が篭もった言葉と行動を受けて、“八日市”の態度が軟化した。由美は、そんな気配を彼から感じた。
「……せっかくですから、お茶でも召し上がっていかれますか?」
 そう言って、ドアを最後まで開けて、部屋の中を由美に開放してみせる“八日市”であった。


『由美、翔ける』の最初へ 『由美、翔ける』 7 『由美、翔ける』 9 『由美、翔ける』の最後へ

名前変換フォーム

変換前の名前変換後の名前