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『詠子の恋』
【スポーツ 官能小説】

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『詠子の恋』-22


「壁パンしていい?」
「…お願い、やめて」
 桃子を部屋に招いているのは、おなじみの光景である。
 ただ、ひとつ違うのは、詠子には吉川という彼氏が出来ており、しかも、“こうクン”と呼ぶようになっていた点である。
『その後、どうなったのよ?』
 と、ばかりに、しつこいぐらいに問い質してきた桃子に根負けして、詠子は洗いざらい全てを曝け出していた。だから、お互いを“こうクン”そして“よみ”と呼び合う関係になったことも、隠すことなく桃子に白状していた。
「うおおぉぉぉ……!」
 “壁パンチ”こそはしなかったが、桃子の身体が震えて、チューハイをグラスに注ぎ傾けるペースが早くなった。“また二日酔いになるわよ”という詠子の言葉には、“飲まずにやってられるか!”と、至極もっともな反論をする桃子であった。
「由美もさ、もう、デレッデレになっててさぁ……」
 今回は、カレンダーでも久々の連休になったが、例のごとく、外泊届けを出して、由美は彼氏のアパートに通っているという。ちなみに今晩は、それを享けての、桃子の訪問というわけだ。
「男の子を、もっと喜ばせるにはどうしたらいいか聞いてきたから、壁パンしまくった後で、フリフリのエプロンをくれてやったわ!」
「? なんで、エプロン?」
「は? “むっつりスケベ”なあんたが、わかんないわけないよね? 男子のあこがれたる“裸エプロン”で、悩殺しまくれって意味よ!」
 “裸エプロン”の存在は知っていたが、“むっつりスケベ”と言われたのは心外だった。官能小説を隠さずに本棚に堂々と収納しているのだから、別段、むっつりしているわけではないはずだ。
「あんたにも、送ってあげようか」
「……遠慮しときます」
 一瞬、答える詠子に間があったのは、吉川に“裸エプロン”の姿を見せている自分を想像していたからだった。
 詠子と吉川の関係は、確かに“彼氏彼女”のものだ。だが、性的な接触は今のところ、唇によるものしかない。それも、数える程度で、まだまだ初々しいカップルであることは、間違いなかった。
(………)
 求められれば、素直に体を開く覚悟は出来ている。しかし、吉川はなかなか、そこまで踏み込んでこない。まさか自分から催促するわけにもいかないので、正直なところ、“読み年増”であるゆえに、興味が先立つ詠子としては、悶々としていたりもする。
「ねえ、確認しておきたいんだけど」
「ん?」
「もしかして、まだヤってないの?」
「う、うん」
 桃子のあからさまな事実確認に、詠子は黙って頷いた。見栄を張るところではないし、それに、桃子に正直に打ち明けることで、なにかヒントをくれるかもしれないと、詠子は思っていた。
「あっきれた。棚にある官能小説たちが、泣いてるわよ」
「なによ、それ」
「あんたも、その気はあるんでしょ?」
「えっと……うん」
 気のおけない相手だけに、桃子には本当に素直な気持ちが出る。
「誘えばいいじゃん」
「で、できないよ、そんなこと……」
 “読み年増”で興味津々と言えど、処女には変わりなく、しかも相手は、純朴な吉川なのだ。女性経験の有無はわからないが、醸し出すその“善人オーラ”が、肉欲のある誘惑を弾き飛ばすバリヤーになっていそうで、詠子はどうにも踏み出せなかった。
「相手がいるのにさ。いつまでも、ひとりでオナってるわけにはいかないでしょ?」
「う……」
 桃子の言うように、吉川と付き合うようになって、詠子の自慰は更に回数が増えた。吉川の腕に抱かれている自分を夢に見ることはしょっちゅうで、そうなれば自然と指が熱くなった秘処に伸びて、朝に夕に、妄想しながら性欲の果てを自ら迎えていた。
 ダスト・ボックスの中は、自慰の後始末をして丸めたティッシュで、すぐに満杯になるようになってしまった。週に二回ある、ゴミ出しの日では間に合わないほど、自慰の回数は多くなっていたのだ。
「“その気がある”って言うのをさ、何となく分かるようにしたらいいじゃん」
「どうやって?」
 遠まわしな表現では、吉川にはおそらく気づかれないだろう。告白に至るまでの紆余曲折を、自ら経験してきた詠子なので、殊更それは身に染みている。
「あんた、気分でメガネ変えるでしょ? それ、使ったらいいんじゃない?」
「………」
 確かに吉川は、詠子の眼鏡のフレームにだけは敏い反応を見せる。最近は、“能動的”な赤いフレームがメインになっているが、まれに、“受動的”というべき青いフレームのそれを身に着けることがあると、
『よみ、今日は、集中したい気分なんだね』
 と、いって、言わずとも程よい距離を自ら保ってくれるのだ。
「すっごいエロい色のメガネをかけてさ、部屋に誘ってみたら一発なんじゃないの?」
「……どんな色がいいと思う?」
 桃子のアイデアは、悪くないと詠子は思い、具体的なアドバイスを求めていた。
「そりゃあ、エロい色といえば、ひとつしかないっしょ」
 そう言って桃子が提案してきた色のフレームを、詠子は早速、用意することにしたのだった。


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