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『詠子の恋』
【スポーツ 官能小説】

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『詠子の恋』-23


「……キミ、もう終電、間に合わないよね」
「今日は、まあ、そういう気分だったから」
 “のんべ庵”で、時間を忘れて話し込んだ詠子と吉川は、気がついたときには吉川が自分の部屋に帰るための電車を乗り過ごす羽目になっていた。
 本当は、途中で吉川はそれに気がついていたらしいが、
「歩いて帰ろうかと思ったんだ。2時間ぐらいだしね」
 と、詠子と過ごせる楽しい時間を、優先したかったそうだ。
「………」
 いくら、男子とは言え、夜道の一人歩きは、やはり安全とはいえない。また、それほどまでに自分と過ごす時間を大切に思ってくれたことに、詠子はたまらない胸の高鳴りに、息苦しさを憶えた。
「それじゃあ、よみ。また、明日……」
「待って」
 アパートに着き、手を振りながら踵を返そうとした吉川を、詠子は呼び止めていた。
「キミ、歩いて帰るなんて言わないでさ。……部屋に、寄っていきなよ」
 決意したつもりでいたが、最後の方は、とても吉川の方を見ていられなかった。
「えっと……いいの?」
 時間を考えれば、詠子の部屋に泊まることになる。それが示す意味を、いくら吉川といえど、察せられないはずがない。
「いいの。部屋に、来て」
「わ、わかった。お言葉に、甘えるよ」
 詠子は、俯いたまま先導して、吉川を部屋に招き入れた。ほんのわずかな距離が、これほど長いと思ったことはなかった。
 彼を部屋に入れるのは、別段珍しいことではない。ただ、この時間帯でのご招待は、当然ながら初めてのことだった。
「ごめん、手洗い借りるよ」
「どうぞ」
 弁当箱のほかに、吉川専用のものも用意されたコーヒーカップを前にして、“のんべ庵”にいたときとは違った、なんとなく落ち着かないまま時を過ごしていたが、その吉川が中座した隙を見て、詠子は意を決したように、赤いフレームの眼鏡を外し、秘蔵していた新品の眼鏡ケースから、新しい色のそれを取り出して身に着けた。
「!」
 戻ってきた吉川がそれを見て、一瞬動きを止めた。今まで見たことのない色のフレームに、戸惑いつつ、何か思うところのある様子でもあった。
「えっと、その色にはどんな意味があるんだい?」
 詠子が身に着けている眼鏡のフレームは、鮮やかな蛍光色のピンクだった。
「……色のままの、意味だよ」
 フレームの色そのままに、詠子は頬を染めつつ、はにかんでいる。
「………」
「!」
 不意に、身体全体に圧力がかかった。吉川が、正面から体を抱き締めてきたのだ。
「よみ、ごめん。僕、もう我慢できないよ」
「こ、こうクン?」
「よみのことが、欲しいんだ。よみのこと、全部、僕のものにしたい」
 ぎゅ、と吉川の腕に力が篭もり、詠子の身体にも興奮が伝わってきた。
「ふふ。遠慮、しなくていいのに」
 詠子は、動悸が激しくなる自分の心臓の音を聞きながら、それでも、余裕のあるような台詞を吉川に投げかける。そうすることで、自分を落ち着かせようとしているのだ。
「わたしも、こうクンのこと、欲しいから……」
「よみ……」
 もう一度、体を強く抱き締められ、息苦しさを感じて、詠子は呼吸を乱した。それは、過去最大の動悸を繰り返す心拍数にも起因している。


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