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『詠子の恋』
【スポーツ 官能小説】

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『詠子の恋』-18

 試合は終盤に差し掛かる。
『…にかわりまして、代打・ポンチ』
 わっ、と、球場に歓声が沸いた。“ブルー・アレキサンダーズ”の代打として出場してきた選手に、その歓声が集まっているようだった。
「ポンチ……?」
 名前はそうだが、見るからに日本人である。
「ポンチ加藤。タレントもしてる、元・プロの選手だよ」
 そのポンチ加藤が、レフト・スタンドに向けてホームラン予告をするジェスチャーを見せ、さらに球場を沸かせていた。
 ポンチ・コールが沸き起こる中、打席に立つ彼は…
「ストライク!!! バッターアウト!!!」
 フルカウントまで粘ったものの、三振に倒れていた。
「ナイスピッチ!」
 捕手の鈴江が、“してやったり”とばかりに、マウンドの投手に向けてねぎらいのガッツポーズを見せている。
「ぐおー! やられたわい!!」
 三振に倒れたポンチ加藤も、悔しそうに天を仰いで、現役時代そのままに、豪快な声を挙げていた。
 元とはいえ、プロ選手だった者同士の、真剣勝負が繰り広げられていたのだ。拍手を送る吉川の真摯な色合いの眼差しは、それがわかっているからだろう。
(吉川クンが見えてるもの、わたしにも見えるようになるのかな……)
 詠子は、野球を見ている自分の眼差しが、吉川と同じ色を持つことが出来るようになるのか、どうにも自信が持てなかった。それがなければ、彼の隣にいられないような気がして、それもまた、詠子の気持ちを少し、沈めさせることになった。
 試合は、“レッド・スペンサーズ”が勝利を収め、終了した。それぞれのチームの選手たちがベンチから出てきて、観戦してくれた人たちに帽子を取って手を振り、頭を下げている。
 “鈴江”や“ポンチ”の他、おそらくは元・プロの選手だったであろう名前が観客席から投げかけられていて、試合が終わった後も、盛り上がりはしばらくやまなかった。
「面白い試合だったね」
 吉川もまた、満足そうな表情で、観戦を心ゆくまで楽しんだ様子であった。そこまでの高揚感は詠子になかったが、吉川が楽しんでくれたのなら、それでよかった。
「あ、あの、吉川クン」
「うん?」
 詠子は、気分が高まっている吉川の空気を追い風にして、もうひとつの誘いをかけることにした。
「今度は、わたしの部屋で、ゴハン一緒に食べて、ナイター中継を見るのなんて、どうかな?」
 今日、部屋に招いたことで、誘う敷居は低くなっている。女子が男子を、それも、夕方以降に部屋に誘うというのだから、このアプローチが何を意味するのか、敏い者であれば間違いなく気がつくはずである。
「いいね。確か、木曜日にJHKで中継があるはずだから、その日でいい?」
「え、あ、うん」
 思いのほか、軽い返事が吉川から返ってきた。ということは、詠子が誘いの陰に潜ませた、彼女の心底にある淡いものは、見えていないのだろう。何処までも、吉川は鈍感であった。
「今日はありがとう。それじゃ、明日のゼミでね」
「う、うん。それじゃあね……」
 アパートまで詠子を送り、吉川はいつもと変わらない様子で手を振りながら、その場を去っていった。
(………)
 なんとなく、不発に終わった感じのするアプローチに、詠子の気持ちはやはり沈んでいく。
(もしかして、吉川クン、わたしのこと何とも思ってないのかな)
 単なるゼミの同僚で、野球の話ができる相手だという認識しかないのかもしれない。
(わたしみたいな女の子、タイプじゃないのかも……)
 思考がどんどん後ろ向きになって、うつむき加減に部屋の中に戻る詠子だった。


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