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溺れる爪痕
【ファンタジー 官能小説】

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幻影-9

 以前いたイルと云う名の実験体。あれは最初から欲に溺れていた。

調教もしていないのに依存心だけは既に出来上がっていて、潜在する狂喜をも自覚していた。

人間の欲望や本質を瞬時に見抜く感性にずば抜けて長けていた節も厄介だった。

彼女は自分が壊れないことを知っていた。

精神だけが壊れてしまっていれば、奴隷になるには誂え向きな素材であったのだが。

だから彼女は度重なる実験の果てで、己の行く末を強く拒んだ。

最高の学術師の手によって傷一つ付けずに仕上げられた奴隷は、きっと通常の倍で市場の競り値を跳ねあげたことだろう。

貴方が欲しい。それが彼女の渇望でありアズールへの強烈なまでの依存心。

アズールの心が自分にないことも、ただ毎日快楽だけを与えられ、身体も調薬も進んでいく過程も、その身を以て知っていた。

君は大事な実験体だから、綺麗に仕上げて送り出してあげるね。

――その言葉で、彼女は隠していた狂喜を露にしたのだ。

果たして、彼女は狂気に飲まれた欠陥品としてアズールの元に止まった。

処分は使用者、つまりアズールに託された訳である。

「どうして君はそこまで彼に執着出来たんだろうね?」

「そんなの決まってるじゃない。あの人が残酷でどうしようもなく寂しい人だったから」

「歪んだ愛だね。こんなところに閉じ込められて、それでも満足?」

「あの人はいつか私を殺すわ。それを待っているの。私はあの人の脳裏にいつまでも焼き付くのよ。素敵でしょう?――それに歪んだ愛なんて、貴女にだけは言われたくないわ。そうでしょ?ノア」


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