財物で買えないもの-1
中道深夜探偵事務所
■財物で買えないもの
「今年で１０年目ですか」
「早いものだな」
「路頭に迷っていた私を代表が拾って下さり現在がある。感謝しきれません」
「そんなこともあったな」
事務所手前に併設されたラウンジ。そこで坂井と中道が昔話に花を咲かせていた。本来なら、ここは受付と待合室を兼ねているのだが、こんな深夜に立ち寄ってくる利用客は相対的に少ない。なら、スタッフが息抜きに使ってしまうのも自然の流れというものか。
中道は今年で１８歳。彼は財閥の御曹司として生まれた。父親と母親は、２人共幅広く事業を展開しており共通の人生観を持っていた。それは「財物で買えないものはない」というものだった。物心がついた頃には、彼はそんな両親の考え方を否定していた。
「思い起こせば、僕はそんな両親が嫌いだった」
３０００円。当時５歳の中道は、父親から渡されたこの僅かな額だけで生活して行けと強要され、困り果てていた。大の大人なら死を宣告されたようなものだ。ましてや、この無知な子供にとっては、なおさらだ。
だから、ブレインが必要になった。そこで、中道は過去に財閥の中枢として働きながらも父親から解雇されてきた人物を調べた。父親の机にあるＰＣの扱いは熟知していたので、それほど手間は掛からなかった。見つけたぞ、適任者を。５２歳の坂井が浮上した。
坂井はマネーゲームに天才的だった。この男を僕の参謀と教育係にしよう。なあに、給料の支払いは少しだけ待って貰う。彼ならそれぐらいの承知は朝飯前であろう。中道は坂井から知恵を吹き込まれ、自身の才能を開花させる。急激に財力をつけて行き、８歳には億万長者にまで成っていた。
『ふっ、お前も財物に依存しているではないか。そうよ、あなたには私達のＤＮＡが宿っているのよ』
や、やめろ。僕はアンタ達とは、アンタ達とは違う。
『何も違わないのだ。お金さえあれば愛だって買える。金の為なら人間は罪だって平気で犯すのだよ』
いや違う。僕が違うということを証明してみせる。財物で買えない大事なものは必ずあるはずだ。
「とは言ったものの、僕は未だにその答えを見つけていない。坂井、お前はどう思う。やはり父のいう通りなのだろうか？」
「さて、いかがなものですかな。ただ、１０年という時間は意外にも短いということだけは確かですが」
「そうだな。１０年程度では、まだ分からないだろうな」
「はい」
中道は１０年前に独立を決意した。「財物だけでは決して買えないもの」を探す為に。それが中道深夜探偵事務所発足に繋がった。
それだけではない。ここを拠点にしてネットワーク組織を作る。まずは、経営難に陥っている私立校を買収し、立て直す。校名を「中道学園」に変更し、中道自身も生徒として入学する。坂井には校長を兼任してもらう。
医療もトータルに支援し、ここの上はコンビニにして営業時間を統一する。
「本当に短かったな…」
話をしていたらエレベーターから誰かが降りてきた。