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『STRIKE!!』
【スポーツ 官能小説】

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『SWING UP!!』第10話-24


 大和は、夢を見ていた。
『あの、葵さん』
 病院で知り合いになった少年・和也が、長年のリハビリの甲斐あって、一時的とはいえ長期で自宅に戻ることが出来るようになり、その挨拶として、いまだ右肘のリハビリに励む自分のところに来てくれたときのことだ。
『なあに、大和君?』
 その側にいた、彼の姉である葵に、大和はどうしても伝えたいことがあった。
 大和の“気持ち”に気づいている和也は、意味ありげな笑みを浮かべると、“二人で話をしてきなよ”とばかりに、葵の困惑した表情もそのままに、そそくさとその場を離れていった。
『話が、あるんだ。その、屋上で…』
『え、ええ。いいわよ』
 葵の頬が少し紅くなったのは、大和の言葉に何か期待するものがあったからだろうか。
『えっと、その…』
『………』
 童顔も愛くるしい、大和の顔が真っ赤になっている。それを、黙って見つめている葵。
『僕は、その……葵さんとは、まだ、離れたくないんだ』
『!』
『よかったら、その、僕と、つき合って欲しい……』
『え? わ、私なんかと?』
『うん』
 揺れそうになる視線を、それでも、必死に葵に注ぐ大和。想いを告げるその瞬間に、相手の目を見ないで何が伝わると言うのか。
『フフ、また、病院に来る理由が出来ちゃった』
『えっと…?』
 紅い頬っぺたはそのままに、葵が優しく微笑んだ。それはとても、可憐で、可愛げがあって、それでいて、美しさに満ち溢れるものだった。
『大和君、私、あなたが好きよ』
 いうや、葵はためらうことのない動きで、大和のすぐ側に身を寄せ、つま先だって唇を重ねてきた。
 ほんの少しだけ、唇が触れ合うだけの、キスだった。
『これが、その“証”』
『………』
 それでも、大和には、充分すぎる“証”だった。その場で小躍りして、駆け回りたくなる衝動をそれでもなんとか堪えて、大和は、今度は自分から、葵の顔に自らのそれを寄せて、もう一度、唇を重ね合わせた。葵がくれた“証”を、今度は自分が彼女に刻み込むために…。
「………」
 確かな幸せを感じた。そんな、悲しい過去の夢だった。
 目覚めた大和は、はっきりと覚えている夢を何度も反芻しながら、薄明かりが差し込んでいる部屋の中が、少しずつ滲んでいくのを止められなかった。
「なんで…」
 どうして、いまさらに、葵の夢を見てしまうのか。
「桜子がいるのに、いてくれるのに、どうして!」
 それが、彼女を裏切っているように思えて、また、葵に対する感傷も否定できなくて、大和は、自分の醜い本性を見たような気がして、溢れる涙を抑えきれなかった。
 “完全試合”を果たした直後に、自分に冷笑を浴びせてきたその姿を見た。あの、優しかった葵とは思えないぐらい、その笑みは冷えた感情に満ちていた。
 彼女の哀しみを、受け止め切れなかった自分のことを責めているのか。だったら、どうして、何も言ってくれなかったのか。どうして、消えるように自分の側からいなくなってしまったのか。
 せめて、罵りでもなんでも、一言でも言葉をかけてくれれば、ここまで懊悩はしなかったであろう。無言であったこと、それが何より、まるで“棘”のように突き刺さり、大和をひどく苦しめている。
(あの球場にいたということは、葵さんも何処かのチームにいるのか…)
 葵はユニフォームを着ていなかったが、その可能性は十分に考えられる。彼女が、高校時代は軟式野球部に所属していて、持ち前の体の柔らかさを駆使した好選手だったということを、今は亡き彼女の弟・和也から何度も聞いていた。
(葵さんと、戦う…?)
 ズキリ、と大和の胸に痛みが走った。それは、心理的なものであったが、間違いなく大和の胸に突き刺さった“棘”が、痛みを発している証であった。
「ちくしょう。最低だな、僕は…」
 桜子の顔を浮かべようとして、それが、とても罪悪なものに感じられて、大和は無理やりにでも、その陽気な笑顔を封じ込めた。彼が今、一番必要としているものを、自ら押し込めてしまったのである。
「僕は…」
 葵の、優しい笑顔と冷たい笑顔が、交錯しながら大和の心に抉りこんでくる。
「浮かれていたんじゃ、ないのか…?」
 桜子と気持ちを通わせることができて、投手として復活を果たすこともできた。一方で、自分から離れていった葵の気持ちは、少しも考えてこなかった。
 もう、終わったものとして、一人合点にしてしまっていたのではないだろうか?
 葵が自分の前から姿を消したのは、本当は探して欲しかったからじゃないのか?
「わからない……わからないよ、葵さん……」
 何か言ってくれなきゃ、何も伝わってこない。
「なんで、何も、言ってくれないんだ……」
 無言のまま向けられた、葵の冷笑。いつまでも、大和の脳裏にこびりついたそれは、“隼リーグ”の第2戦である、仁仙大学との一戦が始まるまで、ついに離れていくことはなかった。


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