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季冬
【その他 官能小説】

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雪ノ章-3

 今朝もまだ雪がちらついていた。
昨夜から降り続いた根雪がまだ残っている。
蘇芳は、蒲団から身を起こすと、もう時計は九時を指していた。少し寝過ぎてしまったようだ。
部屋の中に満ちた冷気が、着替える間中、彼の体を刺す。
 居間に向かう途中、渡り廊下で紫苑と出会った。
普段は綺麗に纏め上げている髪を、今は珍しく下ろしたままだ。
「お早う御座います、お嬢さん。今朝も冷えますね」
「お早う御座います。あの、御免なさい…。少し寝過ごしてしまって、朝御飯の支度がまだできていないんですよ…」
面目なさそうに頭を下げる紫苑を、蘇芳は慌てて静止した。
「やめて下さい。私の方こそ居候の身でお嬢さんに世話ばかりかけてしまって…」
「でも…」
「では、今から一緒に用意しましょう。その方が早いですから」
紫苑は何でもそつ無くこなしてしまうので、こういう機会でなければ蘇芳が彼女を手助けできる時は無いだろう。彼にとっては逆に喜ばしいといえる出来事だった。

 いつもより遅めの朝食を終え、その片付けを手伝った後、蘇芳は庭の一角にある四阿の椅子に腰掛けていた。自然の寒さの中に身を置いていると、身が引き締まる思いがする。
 昨日、紫苑の絵を描く約束をしたことを思い出していた。
紫苑はどういうつもりで絵を描いて欲しいなどと頼んだのだろうか。
彼女のことを考えると、次にはどうしても自分の現状のことを思わずにはいられない。
 この生活が続いて、あしかけ二年ほどになる。
恋人同士でもない二人が、一つ屋根の下で暮らし続けているのはどう考えても不自然だ。
特に、明日から彼女は二十歳。立派な大人の女性の一員となる。
初めて出会った時、まだ彼女は中学生だったのに、月日が過ぎるのは早いものである。

「蘇芳さん、そんなに薄着でこんなところにいて……寒くはないですか?」
「あっ、お嬢さん」
ぼんやりとしていたので、彼女が近付いてきていたことに全く気付かなかった。
当の本人に突然声を掛けられたので、彼は少なからず狼狽した。
「ここで雪を眺めていたんですよ」
あながち嘘ではないが、蘇芳は適当にはぐらかしてそう答えた。
「蘇芳さんって、いつも物思いに耽っていますね」
玲瓏とした紫苑の声が、寒々とした風景の中に溶け込む。
とても心地良い響きだと彼は思った。
「そうですか?」
「そうですよ。声を掛けても、いつもこうなんですから」
彼女は、軽く笑い声を上げる。
「…すみません」
 申し訳なさそうにそう答えた後、近くに咲いていた山茶花の花が蘇芳の目に映った。
赤い花弁に純白の雪が降り積もり、その色の対比が美しい。
どれ位、見つめていたのだろう。いつの間にか紫苑が庭にしゃがみ込んで何かをしている。
「お嬢さん、何を?」
「少し雪が積もっていたから、雪うさぎを作ってみたんですよ」
 紫苑は出来上がった雪うさぎを持ち上げ、四阿の手摺の上に慎重に置いた。
南天の実がきちんと目の部分に付いていて、単なる雪の塊であるはずのそれは、どことなく愛嬌を備えており、まるで命を吹き込まれて生まれ変わったようだ。
「ふふっ、上手く出来た…」
 そんな無邪気な彼女の様子を、蘇芳は目を細めて見守っていた。
ふと気付くと、彼女の両手は、直に雪に触れていたせいで真っ赤になっている。
「お嬢さん、手が…」
蘇芳は立ち上がって、思わず彼女の手をきつく握っていた。
案の定、彼女の手は氷のように冷たい。
「駄目じゃないですか、素手で雪を触っては…」
「は、はい…」
 自分の手より一回り大きい蘇芳の手に包まれて、じんじんと彼の温かさが伝わる。
紫苑は、いくつになっても子供っぽい行動を取ってしまう自分の短慮を恥じた。
それでも、思いがけない事態に、羞恥と同時に嬉しさを隠せない。
繋がった手だけに、感覚神経が集中しているように感じる。
 顔を赤く染めて俯いたままの彼女を見て、蘇芳は焦って手を離した。
「す、すみません!こんな…」
嫁入り前の女性の手を、無意識とはいえ握り締めてしまうとは何たることだろう。
「いいんです、私が悪いんですから……それより、もう戻りませんか?」
暗澹とした空を見上げると、先程よりも雪の降る量が一段と増してきたようだ。
「そうした方が良さそうですね。行きましょう」

 帰り際、先刻蘇芳が見入っていたので、紫苑は山茶花を一輪手折る。
「あの、絵の話なんですが…私の部屋で描いて頂いても宜しいですか?」
「構いませんよ」
「では、夜の九時にいらして下さいませんか?」
「…わかりました」
夜中に女性の部屋に向かうのは少々抵抗があったが、蘇芳は了承した。
 彼の手に、冷たかったが、小さくて柔らかい彼女の手の感触がまだ残っている。
―――ちらちらと、純白で無垢な雪が舞い踊り続けて、徐々に二人の足跡を消していった。


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