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おぼろげに輝く
【大人 恋愛小説】

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-1

 久野家からの帰り道、駅に向かう道で、俺の頭は軽く破壊された。
「塁の家、泊まっちゃだめ?」
 断る理由も見つからないし、断りたくないし、寧ろ言い出してくれて嬉しいぐらいだし、「どうぞ、その代わり布団は一組しかないけど」と顔を見遣った。
「いいよ、その方が」
 俯いたまま、街灯の明かりでも分かる曽根ちゃんのその耳の赤さに、俺は卒倒しそうになる。
 二駅電車に乗り、長居の駅に着くと、俺のマンションに向かった。二度目になるから、簡単な道順はもう覚えてしまっているようで、マフラーにうずめた顔は殆ど外に出さないまま、俯き加減で歩く曽根ちゃんの姿は、亀のようで何だか滑稽だった。
部屋に入ると出し抜けに言った。
「テーブルとラグがある」
 目についたその二つに反応している曽根ちゃんに「こっちもあるんです」と小さな硝子の扉がついた棚を見せた。
「洒落てるねえ。塁っぽいよ」
 ラグが気に入ったらしく、座って手のひらをワサワサと滑らせてニヤついている。俺は二人の上着をハンガーに吊るすと、エアコンのスイッチをいれ、風呂の支度をした。
「俺、いつもシャワーしか浴びないんだけど、大丈夫? 寒いかもしんないけど」
 風呂場から叫ぶと、部屋の方から「大丈夫ー」と少し間延びした声が聞こえてきた。タオルと部屋着を用意して、「お先にどうぞ」と洗面所に案内した。
 彼女がシャワーを浴びている間に、布団を敷き、お湯を沸かす。マグカップにティーバッグを入れて、片方には砂糖を少し入れて、彼女がシャワーからあがるのを待った。そのうちドライヤーの音が聞こえてきて、折りたたみ式のドアが大仰な音を立てて開いた。
「水色のマグにお湯いれて、紅茶飲んでて。俺はあとで飲むから」
 そう言い残して俺はシャワーを浴びた。この状況なら、「そう言う事」になるだろうと誰だって予測はつくわけで、念入りに倅を洗ってやる。年末の大掃除だと思えばいい。
 ドライヤーをかけてドアを開けると、ミニキッチンに曽根ちゃんが立っていた。
「紅茶、一緒に飲もうよ。砂糖入りが塁のでしょ?」
 俺がシャワーから出るのを待っていてくれたらしい。俺はペタペタと裸足で彼女の元まで歩いて行き、頭を撫でた。
「何、子供じゃないんだから」
 そっけない言葉をはきながらも、口端から笑みが零れているのを俺は見逃していない。
 それから曽根ちゃんがティーバッグをゆっくりゆっくり上下させるのをじっと見届けて、テーブルについた。
 新しいテーブルに向き合って、紅茶を飲む。新しいテーブルに初めて迎えたのは曽根ちゃんだ。幸せすぎて、笑みが零れて仕方がないのは俺の方だ。来客の事なんぞこれっぽっちも考えていなかった俺が、ラグとテーブルを買ったのだ。それは誰のためでもない、曽根ちゃんの為だ。
「何か、硝子天板だと、傷つけそうで怖いな」
 硝子に向いていた顔をすっとあげると、そこにはいつもの怠気な顔が乗っていたのに、きゅっと口角があがり、笑顔に変わる。今日は幾度となく彼女の笑顔に相見えている。
「曽根ちゃん、今日はよく笑うね」
 ここから先の言葉は俺の想定内だ。「そんな事ない」と言って下を向く。まったく分かりやすいツンデレ娘。
「何か楽しかったなぁ。鍋」
「どの辺が?」
 曽根ちゃんは暫くうーんとあやふやな視線で天井を見上げる。首元にほくろがあるのを発見した。
「あーいうの、初めてだから。サークルもやってなかったし。両親は共働きであんまり家族でもやった記憶ないし、何か、一つの鍋をみんなで突いて、喋って、笑って、凄い楽しかったよ」
 髪を掛けた耳の先は赤くて、でももうそんな事は気にする事ではなくて、曽根ちゃんが楽しんでくれたなら俺はそれで良かった。この一年の最高の締めくくりだ。楽しい奴らと鍋を突いて、締めくくりに大好きな人と甘い紅茶を飲む。これ以上の幸せがあるもんか。
「身体が暖まるな。曽根ちゃんが入れた紅茶だからだな。もしかして媚薬とかいれた?」
「入れてないし。誰が作ったって一緒だよ、ティーバッグの紅茶なんて」
 また素っ気ない態度に戻る。
 恋人と夜を過ごすとは、こういうものなのか。こんなに暖かいものなのか。矢部君と過ごした夜とは全く違う、家族と過ごす夜とも全く違う、首のぎりぎりまでぬるま湯につかって暖かいような、苦しいような、妙な感覚に支配されて、解放される術を探した。別に心地が悪い訳ではないのだ。だけどお湯が多過ぎる。ちょっぴりお湯を少なくしてやると、丁度良くなるのだろうと思う。もう日付が変わりそうだった。今年中に。


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