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おぼろげに輝く
【大人 恋愛小説】

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-1

 家に寄った後、久野家の最寄り駅の改札で曽根ちゃんを待った。約束の五時より少し前に、マフラーに埋もれるようにしてコートのポケットに両手を突っ込んだ曽根ちゃんが改札を抜けてきた。
「おっす」
「女の子がおっすは無いだろーが」
 曽根ちゃんは怠そうな目で笑い、俺の横を歩き出した。駅から外に抜ける階段には、寒風が上ってくる。
「曽根ちゃんは何鍋が好きなの?」
 スニーカーのかかとを擦りながら歩く姿は冨樫に似てるなあとぼんやり思ってしまう。
「キムチ、かな。塁は?」
 眠たげな視線を寄越す。目の死に加減に関しては俺も負けてはいない。
「闇鍋」
 鼻で笑う音が聞こえて、失礼な! と俺は声を上げる。今度はきちんと声に出してケタケタ笑う。笑うと瞬時に輝く。今晩はずっと笑わせてやりたい。大晦日。一年の終わり。俺と過ごしてくれるなら、笑わせてやりたい。
「私、人見知り激しいから、塁がフォローしてね」
 俺の腕のあたりのダウンをギュッと握ってそう言うので、「任せろ。だがあの夫婦はそんな必要ないらぐらい、よく出来た二人だから、安心して」と二の腕にあった彼女の手を、そのまま握って久野家まで歩いた。

「結婚式の日は、どうもありがとうね」
 矢部君は曽根ちゃんから上着を受け取るとハンガーに掛け、座布団をすすめた。俺にはそんな好待遇はなく、自分で玄関にあるフックにダウンを掛ける。隣には智樹の黒いビジネスコートが掛かっている。何となしにそれに腕を通してみた。
「どう、これ」
 完全にコートに着られている小学生のようで、矢部君も曽根ちゃんも吹き出していたけれど、智樹だけは焦って立ち上がった。
「バッカ、それ仕事着! 大事なの!」
 俺はシュンとしたフリをしてコートを脱いで元に戻した。
「曽根ちゃん、喜べ! キムチ鍋だぞ!」
 赤い色をした鍋の中を覗き込んで彼女に叫んだ。
「トマト鍋ですが何か?」
 矢部君の言葉に曽根ちゃんはまたしても吹き出している。いいぞ、笑え笑え。しかし本当に俺はキムチ鍋だと思ったのだ。トマト鍋だったとは。
 でん、とテーブルにタバスコが置かれた。そしてビールに酎ハイ各種。好きな物を取ると、曽根ちゃんは矢部君と同じく酎ハイをチョイスした。
 乾杯をし、鍋をつつく。ケチって買ったと言っていた四畳半用のエアコンもいらないぐらい、部屋が温まってくる。そういえば曽根ちゃんとお酒を呑むのはこれが始めてだなあなんて、ふと思う。酒を呑む事に抵抗はなさそうだ。
「曽根山さんは、ピアノをずっと習ってたの?」
 矢部君は当たり障りのない質問からスタートした。できる子だ。
「うん。今は仕事場の近くの子達に教えたりしてる。ちょっとしたバイト感覚で」
 へぇー、と大げさに感心して見せたのは智樹で「俺は芸術的才能がゼロだからな。羨ましい二人だな」と俺達に目を向けた。
 俺は曽根ちゃんの首元に踊るネックレスを掴み「俺と曽根ちゃんの合作だぞ」と曽根ちゃんごと智樹の目の前に突き出すと、曽根ちゃんは顔を赤くした。イケメンの前にデコルテを曝け出すのは恥ずかしいのか。
「すげぇなあ。売ってる物と大差ないじゃんか」
 野球しかしてこなかった智樹は感心しっぱなしだ。褒める所は芸術だけなのかと言ってやりたい。
「で、塁はこのネックレスを使って曽根山さんを口説いた訳だな」
「ネックレスは付属品だ。あくまで俺で勝負したまでだ」
 恥ずかしい事を言っているのは俺なのに、耳まで赤くしている曽根ちゃんはもしかしてお酒が飲めないんじゃないかと推測してみる。小声で訊いた。
「酒、大丈夫?」
「酒は平気。塁が次に何を言い出すかが心配」
 赤い顔のまま、膝においた俺の手のひらをパチンと叩いた。
「で、曽根山さんは、塁のどこに惚れたの?」
 取り分けた鍋の具材に尋常じゃない量のタバスコをふりかけながら矢部君が質問する。曽根ちゃんは首を傾げてまたも顔を朱に染める。
「ほれたっつーか成り行きで」
「好きって言ったじゃんかー。ちゃんと付き合うって言ったくせにー」
 そう言うと顔が爆発しそうなぐらいに膨れ上がり、もう一度手のひらをバシンと叩かれる。
「ま、塁なら曽根山さんを大事にしてくれるよ。こんなちゃらんぽらんに見えて、実は色々考えてんだ、こいつ。仲良くしてやってよ」
 智樹にそんな事を言われて、今度は俺が赤面する番だった。
 そんなやり取りが数時間続き、俺達のなり染めやら、曽根ちゃんの仕事やらと話題は尽きぬまま、鍋パーティが終了した。
 その頃にはもう曽根ちゃんは矢部君の事を「君枝ちゃん」、智樹の事を「智樹君」と呼ぶまでになっていた。


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