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おぼろげに輝く
【大人 恋愛小説】

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-1

 俺が彼女に告白した場所は、赤いタイルが印象的な、吉祥寺にある洒落たカフェの席だった。

 大学時代のサークルメンバーと行った旅行先の海で、何となく拾ってきた貝殻があった。それをネックレスのヘッドに加工する手伝いをして貰ったのが、曽根山こう、二十三歳。俺と同じ歳で、俺と同じく芸術で飯を食っていこうとしていて、俺と同じく常時、怠そうな喋り方と態度をしている。
 だけどこの怠そうな彼女は、極度のツンデレらしい事が徐々に分かってきて、俺の胸の中はぞわぞわと小さな虫が這い回り始めた。どうやら俺は、ツンとデレと気怠さのトライアングルギャップに酷く惹かれてしまったらしいのだ。
 俺がかつて恋した女は、俺がかつて恋した男の元へ嫁ぐ事が決まっていた。嫁の首元を飾るために作っていたヘッドだったが、俺は途中で進路を変更した。曽根ちゃんから借りたネックレスのチェーンに、完成したヘッドを下げ、曽根ちゃんの首に掛けてやった。
 そして「俺の彼女になって」と、それはそれは上から目線で告白をした。断られる事を覚悟していたから、開き直っていたのかもしれない。当然だ、出会ってまだ間も無かったし、学生に間違えられるような容姿で、どう見てもちゃらんぽらんな俺が、受け入れられるはずが無い。断られたとしても、ヘッドが完成したらもう、彼女と会う事はなくなるのだ、振られたって何だって、旅の恥はかき捨てだ。
 それがどうした事か嬉しい誤算で、局地的にそこの重力だけが高まったかのように彼女は首を縦に振ったのだ。目を疑うとは、この事か。
 ネックレスのヘッドはどうしたらいいのかとそわそわし始めた曽根ちゃんに俺は「あげる」と言うと、それまで見せた事の無い笑顔で、キラキラ笑ったのだ。ツンデレの真骨頂を見た。
 終始怠そうなあの曽根ちゃんの本気を見た、そんな感じだ。この笑顔を、俺にだけ見せて欲しい。そんな事を思った俺は、贅沢なのだろうか。

 俺がかつて恋した男と女の結婚式は、クリスマスイブに執り行われた。
 俺と曽根ちゃん二人で迎える初めてのクリスマスイブは、鼻をへし折られる事になった。だが曽根ちゃんはオルガン奏者として結婚式にサプライズ参加し、俺は花嫁とバージンロードをサプライズで歩いた。花嫁の父親は、当時中学生だった花嫁を数回レイプし、行方をくらましたらしい。
 まあいい。俺の初めての「彼女」、二十三歳にして初めてできた彼女と俺はイブの夜、式場からそのまま俺の家に向かった。久々に着たスーツは堅苦しくて、早く解放されたかった。

「この通り、散らかってんだよね。曽根ちゃんの部屋も、これぐらい汚いだろ」
 曽根ちゃんは眉を顰め「ここまでじゃないし」と言って紙類の間に座る場所を見つけると、その辺に放ってあった座布団を引きずってきてぺたりと座り込んだ。俺の家にはテーブルが無い。彼女を家に招いても、お茶するスペースがない。今やっている仕事の報酬が入ったら、とりあえずテーブルを買う事にしようかと、ぼんやり考えながら、エアコンのスイッチを入れる。
 部屋をぐるりと見回しながら彼女は口を開く。
「ねえ、塁はフランスで、何やってきたの」
 俺のコピーみたいな喋り方をするから、部屋の中はそれ自体が無機物質のようになる。エアコンの効きが悪くなりそうだ。俺は今日の新郎だった智樹がいつかして見せたみたいに、片手でキュッキュッとネクタイを緩めてみたが、何だか格好がつかない上に結び目が固まり、一人苦笑する。
 フランスで何をしてきたか。ネクタイを解きながら思いつくままに話す。
「とりあえず目についた画廊とか、絵画教室に絵を見せて、気に入ってくれた先生の下について絵の勉強しながら、仕事も手伝ってって感じだったかな。一時期は掛け持ちしたり。意外と俺、やる時はやるもんでね」
 俺の言葉に、ふーん、と気の無い返事が戻ってくる。聞きたいのか、聞きたくないのか、謎だ。
 ストッキングを履いた人工的な肌色の足元が、とても寒そうに見えて、俺は押入れに立った。中から毛布を取り出すと「あんまり綺麗じゃないけど」と言って膝から足の辺りにかけてやる。度が過ぎる程露骨に顔を赤らめるので、どう突っ込んでいいのか迷う所だ。
「その、今の師匠は、塁のどこを気に入ったの」
 毛布を少し引っ張り上げて腰の辺りまで覆っている。寒いのだろう。俺はリモコンに手を伸ばすと、暖房の設定を二度上げ、その足で画板を取りに行った。エアコンが本気を出した音を聞きながら、部屋の隅においた画板を手に持つ。布袋が誇りにまみれてしまっていたけど、取り出した中身に変化はない。
「これ。『警戒』って師匠が名前つけてくれた。見覚えあんでしょ、この顔」
「......花嫁?」
 最後はぱたんと小首を傾る。
「正解」
 男性恐怖症真っ只中にあった矢部君枝が、男性を警戒した時に見せていた、無機質でありながらも深みを持っている瞳。何色とも言い表せないカオスを感じさせるその瞳に、俺は引き寄せられ、知りたい、描きたいと思った。これを描くのにどれだけ苦労させられたか。何枚のスケッチブックを、何本の鉛筆を、消しゴムを、無駄にした事か。それぐらい、書きたかったのだ。


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