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金魚とアイスクリーム
【純文学 その他小説】

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本文-4


「ひとりでご飯を食べるのはおいしくないからと、久しぶりに友達と一緒に食べにいく。少しは気持ちの整理もついて、お酒が入っても泣きだしたりしないだろうと思ったからだった。酔っぱらって泣くと際限がない。頭がビリビリするくらい涙があふれて、お腹のなかが真っ黒になる。先月はそれで友達に迷惑を掛けた。今日はこうした引け目もあって、気をつかってあまり羽目を外せなかった。明るく振る舞うのも少し疲れて、お酒にもあまり手が伸びない。
 (どうしてこんなところにいるんだろう……)
 またいつもの疑問に頭を擡げる。わたしはひとりでいても寂しいけど、友達ともうまくうちとけられない。彼といたときはどうだったか。思い出せない。わたしには彼の真顔が見えただけ。あの疑問も浮かばない、時のじっとして動かない明るさに、とけだして空白に停滞するわたしの意識があったのだろう。ふたりでひとりだと思ったけど、見えてなかった。わたしがひとりだということ。普段はこんなにも明らかなのに、ふたりでいると、どうしてこう忘れてしまうものなのだろう」

 「スタンドだけつけて、室の燈りを消して眺めながら、考える。金魚は夜眠るのだろうか。それとも昼? プラチナ・プルーの海のなかをきらり、と身を翻して輝く金魚のゆるやかな遊泳が、この室に新しい時の流れを孕んでいるようだ。ゆらりゆらりと複雑な水流を描きながら、絶え間なく動きつづける時間。その速度も向きも行ったり来たり、はやくおそく、つよくよわく。何も生み出さず、ただ細かな渦をつくりながら流れてゆく。終わらないレコード盤の上を滑りつづける針の動き。この室とぼくと、あたらしい仲間たち、あの金魚に乾杯しよう。今日からぼくはきみになるだろう。きみはこの室一杯に広がるだろうそのうちに」

「わたしのなかで生まれるもの。わたしのなかで失われるもの。毎日根気よく水をあげていると、それでも少しずつ枝が肥えはじめた。日向に置いておくと、生えたばかりの若葉が、陽に透かされ黄緑に燐光して明るい。コップで水をあげるとき、わたしは意識して残りの半分を自分の口で飲み干すことにしている。植物とわたしの、ちょっとした関係。生きているだけで眩しいだなんて、今まで信じられなかったこと。でもこの植物はわたしにそう呼びかけている。わたしに見えなかったのは、わたしが見なかったから。わたしが疲れていたのも、ただ自分でそうしただけだった。あかるいひかりがいまわたしの目の前にある。わたしのなかにある。そしてそれはどんな絶望にも増して、わたしをつよく引きつけている」

「餌を買い忘れたので熱帯魚店に行き、帰りにふらふらと例のスーパーに立ち寄った。レジの人の顔を覗いて見ると、土屋さんではなかったが、どこかに見覚えがある。髪の長い女の人。何となくアイスクリームを二つ持ってレジに付く。
 『お疲れさまです。これひとつ、あなたにあげよう』
 土屋さんにできなかったお礼をする。彼女はぽかんとしたままじっとして動かない。おかしくなって笑いがこみあげてくる。じゃあね、と言うとやっと口を開いて『あ、ありがとうございます』と戸惑い気に言った。へんなの。自分でもそう思いながら妙に楽しく、顔をほころぱせて歩いて帰った」



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