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金魚とアイスクリーム
【純文学 その他小説】

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本文-1

金魚とアイスクリーム
                                  鈴置友也

「改札口から階段へと隙なく足を滑らせることが、ここ最近ぼくのなかでの儀式となっている。少し前、自転車通学で高校に通っていたころは、信号待ちの、赤から青へ切り替わる瞬間に自転車を走らせることを心掛けていた。こんな話をすると決まってひとに変な目で見られる。でも本当。ぼくはいつもこんなふうだから。スリッパの音を立てないように歩いたり、真っ直ぐ前に視線を預けて歩いたり、掃除の時間には必ず掃除をしたり。何でもないことに馬鹿に生真面目に取り組んでみる、そんなゲームを楽しむ根暗な青年。それがぼくだった」

「毎日毎日、駅の改札通りをすばやく行き来する人であふれている。わたしはその中で途方に暮れてしまう。目まぐるしく動き回る人々の波に揉まれて、息が詰まりそう。だから電車のなかでは決まって目をつむることにしている。音はまだざわざわ聞こえるけど、すこし落ちつける。わたしはどこにいるんだろう。そんなことを思うことが時々あって、その度に少し憂爵。いつもなんだか水槽みたいにゆらゆらしてるだけのわたし。いつかの彼は『おまえのそのぽーっとしてるところがすきなんだよ』っていってた。そんなものかな」

「一昨日見かけた彼女、きょうは見えなかった。いつも決まって5輛目の左ドアに軽くもたれて、外を見つめていた、あの気を失ったように見聞かれた彼女の瞳。夜遅く、眠りに就く前にいつも浮かんでくるあの顔だ。今、さらさらいう枕を首のうしろで抱え込んで、彼女が何を見ていたのか、ぼんやりと考える。夢枕に白いわたげの雲がななめに伸び上がるのが見える。彼女はそのままはるか遠くを見透かしているように首を持ち上げる。唇が緩んで、けだるく長い息を吐き出す、はぁ−という音で窓ガラスが微かに曇る。何も考えていないことくらい、わかっているのだけど。でも何もしないから、かえって不思議に心ひかれることもある。あの人と他の人とはいったいどこが違うんだろう。こんな気持ちも、曇ガラスの水滴を集めるようなものだろうけれど、気になるひとだ。今日はどうしたのだろう」

「今朝は電車をいつもより一本早めた。人の視線に気づいたから。別に嫌ってるわけじゃないけど、でもあんまりにもわたしを見てくると怖い。他人の視線が怖いのは昔から。わたしは人見知りする子だから、人にはいつも心を開いていてほしい。わたしから心を閉ざしておいて、向こうが笑いかけてくれるはずはないけど。わたしには心を開く勇気がない。臆病だな」


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