降臨-2
「そっちも食いたい」
「ざけんな。璃子の弁当に手ぇ出したら速攻で山に追い返してやっぞ」
ひとつの机を挟んでじゃれ合う俺達……こんな日常が続くもんだと思っていた。
思っていたんだが……。
その日は朝から落ち着かなかった。
なんか寒気がするって言うか、殺気がするって言うか……とにかく、なんだか狙われているような感覚だ。
「落ち着きねぇ奴だな」
今村が怪訝な顔をして後ろの席から俺の頭を小突く。
「いや、なんか感じねえか?」
この感じは本能的なもの……もしかしたら今村にも分かるかも、と聞いてみた。
「イヤ?別に」
挙動不審な動きをする俺の尻尾を、鬱陶しそうに手で払いながら今村は答える。
しかし、俺の心のざわつきは治まらず徐々に大きくなっていった。
その時、ガラガラとドアを開けて担任が入って来る。
「うおーい、席につけー」
ざわつく教室……担任の後ろには見た事のない女生徒がついて入ってきていた。
「ひっ」
その女生徒を見た瞬間、俺の背中に悪寒が走って思わず息を飲む。
綺麗なストレートの黒髪は肩甲骨までの長さで、ひとつにきゅっと結んでいる。
切れ長の目はクールだがどこか暖かみも感じる……だろうな、人によっては。
それよりも何よりも、彼女の頭に生えている白い獣耳!
お尻辺りで揺れているふさふさの尻尾!
(嘘だろ……嘘だと言ってくれっ!)
俺は吐きそうになり慌てて片手で口を押さえた。
冷や汗が全身から吹き出して気持ち悪い。
(なんで犬神が人間に化けてんだよっ)
そう、彼女は犬神様……神様の中でもトップクラスだ。
そして俺はしがない猿の妖怪……もしバレたら滅っせられるっ!って言うかバレねえワケねえしっ!相手、神様だし!
(逃げるか?!逃げるなら今か?!)
俺は少しずつ椅子を引いて逃げる体制をとった。
その時、彼女が視線をこちらに向けた。
(いっ?!)
彼女の視線に射ぬかれた瞬間、金縛りにあったように動けなくなる……つうか、金縛りだよ……ちくしょう。
目を合わせたまま動けない俺をジーッっとみた彼女は、ふっと視線を反らした。
同時に金縛りが解け、がっくりと机に突っ伏す俺。
「新しい仲間を紹介するぞー。親御さんの都合で急遽この学校に転校してきた……」
「乾 薫子(イヌイ カオルコ)です。よろしくお願いします」
犬神様は深々と頭をさげて挨拶する。
この高校は工業高校で女子の数が極端に少ない。
だから女子が増えるのは大歓迎なわけで、クラスメートの男共は口笛を吹いたりして囃し立てた。