クジライルカ-1
二日目の朝になると船酔いの症状は若干マシになっていた。ホントに若干だけど頭の痛さは何とか引いたようだわね。
「なあ、朝ご飯どうすんの？」
ミヤちんはあたしの顔を覗きこみながら、朝の挨拶もそこそこに聞いてきた。どうやら、お腹がすき過ぎてあたし達が目覚めるのを今か今かと待ち続けていたようね。
しかし『朝ご飯』という単語に、あたしの若干マシになっていた気持ち悪さが一気にぶり返した。
「黙れ！鈍感人！」
「もう！勝手に行くからね。お腹すいても知らんよ。ユーコとトモちゃんはどうするん？」
「あたしはパス。念願のダイエットができそう」
「あたしもパス。だいぶマシになったけど朝ご飯は無理っぽいわ」
大人のユーコは飛躍的な考えで答え、トモちゃんは苦しそうに言った。
「わかったよ、３人とも明日の朝まで寝ときな！ああお腹空いた〜」
ミヤちんはそう言って、一人部屋の外へ出て行った。
重い頭を上げて部屋を見回すと、部屋に残っているのは明け方近くに部屋に戻ってきた爆睡中のバカップルとあたし達３人だけだった。
バカップルは何故だか満足気に眠ってるし、どうやらこの部屋で船酔いしていたのはあたし達だけのようだった。
倦怠感を感じるまましばらく横になっていたけど、なんだか無性に喉の渇きが気になってきた。昨日買っておいた飲みかけのペットボトルに手を伸ばしたが残念ながら空だった。
あちゃ〜、ミヤちんに買ってきてって頼めば良かったなあ。無いとなったら余計に我慢が出来なくなるのが女子の常。
「なあ、喉渇かへん？」
あたしは飲み物を買ってきて貰おうと思い、二人に声を掛けた。
「あんまり渇いてないよ」「大丈夫やで」
何よ、この即答！ガックリだわ…
ミヤちんは放浪癖が有るから、食事を採ってもしばらく帰ってこないだろうな。ちょっとマシになったし自分で買いに行くか！
「ちょっとお茶買ってくるね」
あたしが二人に声を掛けると、「行くんやったら、あたしも買ってきて」「あたしも」
何よ何よ、この即答！
「あんたらいい加減にしいや、ホントは喉渇いてたんやろ！」
「ははは、誰かが買いに行くって言うのを待っててん」
「ホンマ我慢くらべやったわ」
トモちゃんが楽しそうに言うと、これまたユーコも楽しそうに言った。
「ずっる〜！それやったら条件同じやんか、どっちか買ってきて」
「同じ違うで、あたしのお茶は少し残ってるもんね。ぬるいけど」
「あたしはまだまだ我慢できるも〜ん」
「ずっる〜！なんてずるい子に育ったんやろ。友として恥ずかしいわ」
「まあまあ、言うたモン負けやな。表の空気吸っといで」
「さすがやナッちゃん、友のために自己犠牲やなんて感動やわ。あたしウーロン茶な」
「フン！人の良い自分がイヤになりそうやわ」
あたしはそう言いながら恐る恐る立ち上がった。ちょっとふらつくけど大丈夫みたい。
甲板に出る階段のところに自動販売機があった。あたしは３本のお茶を買って部屋に戻ろうとしたが、せっかくなので表の空気を吸いに行くことにした。
「う〜ん、気持ちいい〜♪」
甲板に出ると心地よい風が優しくまとわりつき、船酔いで弱ったあたしの体を労わってくれた。
伸びをして見上げた空は、遮る物が無いままどこまでも広りを見せ、一面を覆う夏の青い光りがあたしの目の中にどんどんこぼれ落ちてくる。その爽やかな青い光はあたしの体を突き抜け、体の中の淀んだモノを清浄にしていく。
空の低い位置では夏の入道雲たちが水平線の遠いところで交わり、見ているあたしに入道雲の力強さをムクムクと伝えてくれた。
３６０度どこを向いても水平線なんて滅多に味わえるモンじゃないなあ！解放感一杯だ！
昨日は旅行なんて止めて家に帰りたいと思ったけど、少しテンションが上がってきたぞ。
あたしは舳先の方へ移動し、備え付けられたベンチに座って普段味わえない非日常にしばらく浸っていた。